22日、GSOMIAについて報告を受ける文在寅大統領(韓国大統領府提供、AP)
22日、GSOMIAについて報告を受ける文在寅大統領(韓国大統領府提供、AP)

 韓国政府が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決めた。韓国政府は理由を、「対話を呼びかけたが日本は拒否しただけでなく、韓国の自尊心まで傷つけた」(金鉉宗=キム・ヒョンジョン国家第2次長)と説明したが、米国が協定を継続するよう警告するなかでの破棄は反日だけが理由ではない。その裏には、韓国の「中国恐怖症」がある。(岡田敏彦)

韓国の純損失

 GSOMIAは日韓両国の間で交換される秘密の軍事情報を保護するために設けられた。例えば北朝鮮が弾道ミサイルを発射した場合、どういう軌道を描きどこへ落ちたか、高度は何メートルに達したかといった正確な情報は、北のミサイルの性能把握に欠かせない。こういった情報はある程度マスコミにもオープンにできるが、発射から探知までの正確な時間や追尾の精度といった情報は、自衛隊や韓国軍のレーダーなどミサイル補足システムの能力・性能を北中露など他国に知られかねないため極秘となっている。この秘密を日韓とも第三国に漏らさないことで、軍事的対処を高度化するのがGSOMIAの目的だ。

 当然、破棄によって情報の量、質ともにダウンする。しかも北のミサイル発射で日米韓の求める重要な情報は、核弾頭搭載能力、つまりミサイルのエンジン部の性能を示す高度と飛距離だ。ところが韓国本土や沿岸の艦船では、日本列島を飛び越えるような軌道のミサイルは当然探知できない。丸い地球の水平線下となるためだ。偵察衛星も一基もなく、水平線の向こうは韓国軍の未知の領域だ。

 一方の日本は自前の偵察衛星の情報はもちろん、米国の偵察衛星による情報も迅速に入手できる。ここに韓国本土に配備された米軍の「高高度ミサイル防衛システム(THAAD)」のレーダーによる情報も加わり、日本本土や日本海からは水平線の向こうとなる「発射」を探知できる。だからこそGSOMIA破棄は韓国にとって軍事的に純損失であり、多くの専門家が「破棄はない」と踏んでいた。

 それでも「得るものなし」の破棄に至った背景には、韓国の中国恐怖症がある。

「三不一限」の誓い

 韓国の恐れぶりを端的に示すのが米軍のTHAAD配備問題だ。朴槿恵(パク・クネ)政権時の2016年7月、韓国東部の慶尚北道(キョンサンプクト)星州(ソンジュ)郡への配備を決定するや、中国は強力な制裁を始めた。韓国への団体旅行を制限し、配備地(ロッテ経営のゴルフ場)を提供したロッテを排斥。中国国内に99店舗あった大型スーパー「ロッテマート」は消防法違反を理由に営業停止を命じられるなど強硬措置を受け軒並み閉店。18年5月には店舗施設を中国企業に売却し撤退させられた。対中輸出も減少し、経済は悪化した。

 左派の文在寅政権になっても中国の韓国向け団体旅行は事実上禁止されたまま。そんななか2017年11月に訪中した康京和(カンギョンファ)外相は、屈辱的な要求を飲まされた。それが現在「三不一限」と称されるものだ。

 (1)THAAD追加配備中止(2)ミサイル防衛(MD)不参加(3)韓米日の安保協力を3カ国軍事同盟に発展させない、の3箇条。いずれも中国語表記では不可を意味する「不」が入るため「三不」と呼ばれる。これに「THAADの運用で中国の利益を損なわないよう制限を設けなくてはならない」の「限」を加え三不一限と呼ばれる。

日米韓に亀裂を

 THAADの高性能レーダーの探知エリアが中国本土にまで及ぶこと、中国の核搭載弾道ミサイルの「無効化」などを警戒する中国の要求だが、なかでも(3)の安保協力を軍事同盟に発展させない、という項目は見逃せない。中国から見れば、まさにGSOMIAは「3国軍事同盟」の第一歩であり、看過できるわけがない。

 奇しくもGSOMIA破棄の直前の21日には日中韓外相会談に併せて中韓外相会談も行われた。この話し合いで中韓がGSOMIAについて触れなかったと考えるのは不自然だろう。

 一方、韓国にとって三不一限は屈辱以外の何ものでもない。日本や米国などの第三国との外交について、中国という他国から命令され制御される…。外交権を献上する属国的な行為に見える。「民族の誇り」とは真逆のふるまいだ。

 ところが韓国では三不一限を殊勝に守ってきた。星州の元ゴルフ場のTHAAD配備基地ではデモ隊が道路を封鎖し基地の設営ができず、米兵は元クラブハウスの老朽化した狭い建物での生活を強いられ、THAAD運用に必要な電力を供給する発電機の燃料をヘリで空輸する事態に。今年8月上旬にはようやく改装工事に着手するとのニュースが地元紙などに流れたが、工事の内訳は「カーペットを敷き冷暖房施設を整備し小型シャワーを設置する」というもの。現状の酷さがよくわかる。

 表向きは環境影響評価が完了していないことを理由にTHAAD基地の施設完成を事実上サボタージュしてきたといえるが、これもTHAAD運用で中国に命じられた「一限」の範疇だ。

日本政府による輸出管理厳格化ではデモと不買運動で激烈な反応を示すにもかかわらず、中国の高圧的な命令には従順に従うあたり「韓国の自尊心」に疑問がわくが、歴史を振り返ればこの中韓関係は異常ではない。

対中姿勢

 かつて豊臣秀吉が西国の大名を集め中国の明(みん)征服のため朝鮮半島へ出兵した文禄・慶長の役(1592~98)で、李氏朝鮮は滅亡の危機を明の出兵で救われた。明はこの戦役で経済が衰退し清に滅ぼされるのだが、この際に清を北方の蛮族と見下し、清の出兵命令を無視して明についた朝鮮は、1636年に清の軍勢に攻められわずか45日で全面降伏した(丙子の乱)。

 降伏の条約は交渉場所の名をとり「三田渡の盟約」と呼ばれる。条約の内容は、「朝鮮は清に臣下の礼を尽くすこと」に始まり、朝鮮王の長男を人質として差し出すなど厳しいものだ。中国の官吏が朝鮮を訪れる際は、朝鮮の王が国境で出迎え、起立状態から土下座して額を地面に三回打ち付けて立ち上がる、これを三度繰り返させる「三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼」を義務とするなど、事あるごとに属国であることを思い知らせる内容だった。

 この「無慈悲な中国」と「へりくだる朝鮮」の関係は戦後も同様だ。朝鮮戦争(1950~53)では義勇軍として参戦した中国人民解放軍に首都ソウルで攻防戦を展開、廃墟にされたのをはじめ数十万の戦死者を出しているにもかかわらず、中国に賠償を求めていない。韓国と戦争をしていない日本にさまざまな賠償を求める姿勢とはずいぶん相違がある。

 経済と軍事の両面で強力な大国となった中国に対し、米国から最新鋭戦闘機を導入するなどして自立の姿勢を堅持する台湾や、逃亡犯条例改正などの中国政府の強硬姿勢に対し粘り強くデモを続ける香港に比べ、独立国でありながら中国の指示に従う韓国。「自由主義陣営」の一員でいられる時間は、長くないのかもしれない。