「原子力事業に悪影響が出るリスクがあると思っていた」。300人以上の報道陣を前にマイクを握った岩根茂樹社長の表情は苦渋でゆがんでいた。
2日午後、世間の猛烈な批判に押し切られる形で再び開かれた関西電力の記者会見。福井県高浜町の元助役、森山栄治氏(今年3月に死去)の顔色をうかがう形で情報を漏洩(ろうえい)し、常識を逸脱した金品を受領する。3時間以上に及んだ記者会見でつまびらかにされたのは、原発立地町の有力者に振り回された電力会社の実像だった。
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会見で報道陣の質問が集中したのは、森山氏と関電の関係性と、“原発マネー”の還流の有無だ。岩根社長は「森山氏は特別だという前例が引き継がれていた」とし、立地地域への悪影響を懸念し、特別扱いを続けていたと釈明した。
岩根社長自身、森山氏から金貨10枚を受け取っていた(後に返却)。平成29年3月、「社長就任祝い」という名目だった。「高価なものが入っているかもしれないと聞いて秘書に確認させたところ、お菓子の下から金貨が出てきた」。安っぽいドラマのようなやり取りが繰り広げられていた。
関電が明らかにした金品の受領総額は3億円超。現金や商品券が多い中、米ドルや金杯などの品目も並んだ。また、11人が計75着、3750万円相当のスーツを受領。1着の平均額は50万円という高級スーツだが、返却されたのはわずか14着分だった。
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「お前の家にダンプを突っ込ませる」「娘が可愛くないのか?」。叱責、罵倒、恫喝(どうかつ)…。関電は報告書の中で、森山氏との関係で主従の構図を描いてみせた。ただ、地元関係者には「怖かった」と漏らす人がいる一方、「偉大だった」と評する声も聞かれる。
森山氏は昭和52~62年の町助役時代、原発反対派の説得を進め、誘致に尽力。特に60年に運転を開始した高浜原発3、4号機に関しては「誘致や地域のとりまとめなどに深い関わりをもった」(報告書)とされる。
《住民生活の安定と地域福祉の向上発展に尽くした役割は極めて大きい。原発の誘致に献身的に取り組み、住民と対話を尽くし実現にこぎつけるなど、活動実績は誠に顕著なものがあった》。平成14年に発行された高浜町の郷土誌は森山氏の功績をこうたたえている。
「決断力や統率力があった」と証言するのはある町関係者。議会で課長らが答弁に詰まる場面があると「さっと出てきて、説得力ある物言いで(議員を)説き伏せていた」。部下を叱責後、フォローをすることも忘れなかったという。
森山氏を知る議会関係者は「高浜で原発誘致が進んだのは、ああいう中心的な人物がいたからだと思う。大した人物だ」と賛辞を贈る。60代の町関係者の男性も「偉大過ぎて一言では言えない。この人がいなかったら、高浜町はここまで大きくなっていなかった」。
退職後も地元では関電に顔が利く実力者として知られた存在。報告書もその人物像を「町、県庁、県議会および国会議員に広い人脈を有している」とした。
ただ、「感情の起伏が大きく対応が難しい人物」と指摘。関電内部では「できる限り丁重に扱い、良好な関係を構築・維持する必要がある」との認識があった。そのためだろう、森山氏に対して関電は、幹部が大勢出席して年始会やお花見をし、誕生日会も開催していた。
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平成23年の東日本大震災後、国内の原発は高浜原発を含む全基が運転を停止。再稼働に向けた安全対策工事が急増した。
この間、関電では再稼働に向けた安全対策費用などが経営を圧迫し、高浜原発3号機を再稼働するまでに2度にわたって家庭向け電気料金を値上げした。この値上げした電気料金が原資となった原発マネーが、森山氏を介して還流した可能性はないのか。関電側は曖昧な回答に終始した。
疑惑の発端となった高浜町の建設会社「吉田開発」との関係では、報告書は「発注プロセスでコンプライアンス上の問題となる点は認められなかった」とした。だが、同社の30年度の売上高22億円のうち、関電からの直接発注額は2億5千万円、ゼネコンなどを通した間接発注は10億6千万円だ。合算すれば13億1千万円と、売上高の半分以上が関電からの受注ということになり、濃密な関係性が浮かび上がる。
岩根社長が会見で説明した吉田開発に対する過去5年間の直接、間接発注金額を単純計算すると、26年の6億8600万円から翌年には9億3900万円、28年に11億二千万円と増加。29年には22億4千万円と前年の倍以上になった。まったく問題がなかったといえるのだろうか。
「恫喝されて病気になった、という話が連綿と引き継がれ、自分も同じようになるのでは、という幻影におびえていたのではないか」。岩根社長が打ち明けたのは、関電自身が原発マネーに翻弄された姿だった。
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日本のエネルギー政策を担う電力会社の幹部に、原発立地自治体の大物から多額の金品が流れていた。次々に明らかになっていく“原発マネー”の暗部。その背後に、何があったのか。