「第一段階の合意」をどう捉えているのか

近藤 大介『週刊現代』特別編集委員
プロフィール

第一段階の合意

昨年来、互いに拳を振り上げてきた米中が「一時的な妥結」に達したことで、世界経済は、ようやくホッと一息ついた。

12月13日金曜日、中国国務院新聞弁公室は、異例とも言える時間帯に、「米中合意」に関する記者会見を行った。会見が始まったのは、なんと北京時間の夜11時(日本時間深夜0時)。終わったのは深夜0時(同1時)だった。

これはおそらく、ワシントンのアメリカ東部時間午前10時に合わせたもので、この時間設定だけを見ても、長い米中貿易交渉がアメリカ主導で行われてきたことを示唆している。

登壇したのは、寧吉喆・国家発展改革委員会副主任(国家統計局長)、廖岷・財政部副部長(中央財経委員会弁公室副主任)、鄭沢光・外交部副部長、韓俊・農業農村部副部長、王受文・商務部副部長(国際貿易交渉副代表)の、実務担当の「対米交渉5人組」である。交渉代表の劉鶴副首相は不参加だった。

〔PHOTO〕新闻发布会现场 中国网 宗超 摄

まずは、「中国のライトハイザー」の異名を取る王受文・商務部副部長が、アメリカとの妥結について概要説明を行った。

「メディアの皆さん、こんばんは。これから『中米経済貿易第一段階妥結』の中国側の声明を述べる。中米両国の経済貿易代表団の共同の努力を経て、双方は平等と相互尊重の原則を基礎として、中米経済貿易協議第一段階の妥結に達した。協定文書は序言、知的財産権、技術移転、食品と農産品、金融サービス、為替と透明性、貿易拡大、相互評価と末端の解決、最終的条項の9章から成っている。

同時に双方が一致したのは、アメリカが今後、段階的に中国製品に対する追加制裁関税を解除していくと承諾したことで、追加制裁関税を上昇から下降へと変えることを実現した。

中国側は、中米両国が世界最大の経済大国として(アメリカが1位で中国が2位)、両国の経済貿易関係は大局の観点から出発して処理せねばならず、経済貿易協議の妥結こそが中米両国の国民と世界の国民の根本的な利益に有利に働き、経済貿易・投資・金融市場などの方面で将来的に積極的な効果を生むものと認識している。

今回の妥結は、総合的に見れば、中国の改革開放を深化させる大本の方向に合致するものであり、中国経済の高質発展の内的需要を推進させるものである。

妥結した内容の実行は、知的財産権保護の助力となり、営業・商業環境を改善し、市場への進出を拡大させる。さらに外国企業を含む各種企業の中国における合法的利益を維持し保護するのに役立ち、また中国企業のアメリカでの経済貿易活動の合法的な権益を保護するのにも有利に働く。

中国の国内市場の拡大に伴って、中国企業はWTO(世界貿易機関)の規則と市場化・商業化の原則に基づいて、アメリカを含む各国の良質で競争力のある産品とサービスの輸入を増加させ、国内消費力アップの傾向に対応し、国民の日々の生活をよくしていきたいという需要を満足させていく。

今回の妥結は、中米両国の経済貿易分野での協力に有利に働き、経済貿易分野での見解の相違をうまくコントロールし、中米経済貿易関係の安定した発展を促進するものだ。最近のグローバル経済が直面している下降圧力の背景下で、今回の妥結は全世界の市場の信用を増強するのに有利に働き、市場の見通しを安定させ、正常な経済貿易と投資活動の良好な環境創造に帰するものである。

双方は、さらに双方が早期に自国の法律の精査と、対等で必要な手続きの翻訳校を完成させ、妥結事項の具体的な進行スケジュールまでも含んだ協定に、正式に署名することを約束した。

協定の署名後、双方が協定の約定を順守し、第一段階の協定の関係内容を実現すべく努力し、双方の経済貿易関係と全世界の経済金融が安定化するのに有利に働き、世界の平和と繁栄を維持し保護することを願う。皆さんどうも」

続いて、中国内外の9人の記者が質問し、壇上の5人が答えていった。以下、要約を訳出する。

たとえ「一時的な止血」であっても

中央広播電視総台(CCTV)記者: 中米双方の貿易協力拡大は、中米両国にどのようなプラスの意義があるのか? それは、中国とその他の貿易パートナーとの関係に影響するのか?

寧吉喆: 中米貿易協力の拡大は、中国国民の日々の生活力向上の需要を満足させる。エネルギー、製造品、農産品、医療、金融などの分野でアメリカの高品質の産品、サービスの輸入を拡大することは、中国の消費者に便利さとリーズナブルな価格と一種のさらに豊富な体験をもたらす。中国企業も高水準で効率のよい投資ができるし、サービス企業の競争力アップにもつながる。

同時に、中国はアメリカにとって、重要な輸出市場だ。中米貿易の協力を拡大することは、アメリカにとってもプラスの意義がある。中国はアメリカ農産品の第二の輸出市場であり、大豆の第一の輸出目的地であり、綿花の第二の輸出目的地だ。

また、シェールガス革命を通じて、アメリカの石油と天然ガスの産出量は大幅に増加した。それに伴い、国際的なエネルギー市場の開拓が必要で、エネルギー産品を輸出し、中米エネルギー分野の協力を拡大させることは、アメリカの現実的な選択だ。

ロイター通信記者: 第一段階の貿易妥結は、中国が来年、アメリカから500億ドルの農産品を輸入することを意味しているのか。また現有の関税を5割カットすることをアメリカが応じたということを含んでいるのか。その場合、中国側も対米関税を5割カットするのか?

廖岷: その問題はこの2日間、市場にたくさんの噂が飛び交った。追加関税の取り消しは、中国側が経済貿易交渉で中心に据えてきたもので、双方はこの問題で一致を見た。双方が達した第一段階の妥結に従って、アメリカはすでに一部の追加制裁予定及び追加制裁関税の取り消しを承諾した。加えて、中国のアメリカ産品への輸出関税を免除していく。これはその通りだ。

中国側もそれに応じて、12月15日に予定していたアメリカ製品に対する追加制裁関税措置の実施を見合わせた。

経済日報記者: 今回、中米が協定に署名した後、中国はアメリカの農産品を大量に輸入することになるが、中国国内に悪影響は出ないのか?

韓俊: 中国の一貫した要求によって、アメリカは最近、中国産の燻製肉、ナマズ産品輸入解禁の最終規則を公布した。中国はカナダ、メキシコ、チリなどの国に続いて自国産燻製肉を輸出できることになった。また、現在まででアメリカにナマズを輸出できる3つの国のうちの一つだ。

この他、アメリカは中国産のナシやミカン、ナツメの輸入の許可にも同意した。これらは十数年、協議してきた問題だ。中国の農産品のアメリカへの輸出拡大は、中国の農民と農業界の実質的な利益となる。

もちろん、中国のアメリカからの農産品の輸入も、大幅に増加する。(2001年に)WTOに加盟して以降、中国の農産品の貿易は継続して拡大しており、2018年の貿易額は2168.1億ドルに達した。そのうち輸入が1371億ドルで、2018年は前年比で125億ドル増えた。中国の農産品輸入額は世界の農産品貿易額の1割を占めている。中国はすでに世界最大の農産品輸入国だ。

2015年から2017年、中国は毎年、平均242億ドルの農産品をアメリカから輸入してきた。ところが2018年は、前年比32.7%減の162.3億ドルに減少した。さらに今年1月から10月までは、前年同月比30.8%減の104億ドルだ。今回の合意は、両国を長期的に見て、非常によい礎となるものだ。

ブルームバーグ記者: 中国は12月15日から予定していた追加制裁関税を取り消すとしたが、それ以外に取り消す計画はあるのか。またアメリカ農産品を輸入するにあたって、数値目標は設定したのか?

さらに第一段階の協定には双方の誰が署名するのか。習近平主席とトランプ大統領なのか、それともアメリカにいる中国大使とか劉鶴副首相なのか。署名の日と場所は発表しないのか?

廖岷: それは市場が非常に関心を示している問題だ。関税の内容については、先ほど述べたように、第一にこれからかけようとしていた一部追加制裁関税を取り消し、第二に中国向け輸出産品の関税を免除する

署名に関しては、双方がそれぞれの法律の精査や翻訳といった必要なプロセスがあり、その後に日時や場所、形式を定める。

新華社記者: 知的財産権の分野について、具体的にどう合意に達したのか。中国としてどう評価しているのか?

王受文: 中米双方は、知的財産権の保護を強化するため深い討論を行い、いくつかの共通認識に至った。それらは企業秘密の保護、薬品の知的財産権、特許の有効期限延長、地理的な表示、ネット通販で存在する海賊版や模倣品の生産や輸出、悪意の特許申請撃退、それに知的財産権の司法執行と手続きといったことを含む。

私が強調したいのは、こうした共通認識は、中国が知的財産権保護の改革を強化する方向に合致し、保護とイノベーションに有利に働き、国外の知的財産権がさらに多く中国に入って来るのに有利に働き、中国経済の高品質の発展の推進という需要に合致するということだ。

中国日報記者: 中国側の今回の妥結の総合的な印象と評価を詳しく聞かせてほしい。

廖岷: 22ヵ月を経て双方が合意に達したのは、前述のように9つの方面の内容からなる協定書であり、アメリカが一部の中国産品の追加制裁関税とその予定分を取り消したということだ。

これについて中国はいくつかの見方をしている。第一に、これは中米両国の国民と世界の人々の利益に合致するということだ。第二に、総合的に見て中国の改革を深化させる大きな方向に合致し、中国自身が経済の高品質の発展をするという要求に合致している。

第三に、中国国内市場の潜在力が不断に掘り起こされ、市場の容量が不断に拡大していく中で、中国国内の国有企業、民営企業、外資系企業がWTOの規則に基づいて、市場化と商業化の原則を順守しながら、中米貿易協力と活動を拡大していくことは、中国の多くの消費者と生産者がそれぞれの特色ある産品やサービスを享受し、生活を向上させていきたいという要求を満足させるものだ。

第四に、今後の中米経済貿易協力や、経済貿易上の相違点のコントロールと解決、中米経済貿易関係の安定した発展の推進、促進に有用である。

おしまいに一言補足するなら、この協定の良し悪しは企業と市場が判断するということだ。この2日間の国内外の資本市場は、はっきりと積極的な回答を示している。

CNN記者: いまからたった数分前に、トランプ大統領がツイートした。そこでは「中国が多くの構造改革を進めることに合意した」と述べている。そしてアメリカの農産品を大量に購入するが、アメリカ側の25%の関税は留保した、その他は7.5%とする、12月15日にかける予定だった追加制裁関税は実施しない、続く第二段階の交渉はすぐに始め、2020年(11月)の大統領選の後まで待たないとしている。このトランプ大統領のコメント内容は、この通りなのか?

廖岷: 最初に紹介したように、今日は中米両国による同一時間の記者発表会だ。アメリカも発表し、皆さんもそれをすでに見た通りだ。第二段階の協議については、第一段階の協議が落ち着いてから始める。

フェニックスTV記者: アメリカが関税を取り消す具体的なタイム・スケジュールはないのか?

鄭沢光: 国交正常化から40年の中米関係が示している最大のことは、「中米は合わさればすなわち双方に利があり、闘えばすなわち共に傷つく」(合則両利、闘則俱傷)ということだ。合意は唯一の正しい選択だ。相互尊重、「同じものを求めながら異なるものが存在する」(求同存異)が、中米両国が付き合っていく道だ。過去一年余りの経済貿易交渉の過程は、十分にこの道理を証明していた。

日本経済新聞記者: 農産品以外に、中国はどういった方面のアメリカ産品の輸入規模を拡大していくのか?

寧吉喆: 農産品以外は、市場化の原則とWTOの規則に照らして、中米双方の共同の努力で、中国企業が市場の主体となって需要を見ながら、エネルギー、製造品、サービスなどの分野で、アメリカからの輸入規模を拡大させていく。

* * *

以上である。全体的に見ると、中国が押し込まれた感が否めないが、中国の目的は「一時的な止血」にあったため、まずはよしとしたのである。

〔PHOTO〕gettyimages

単なる貿易交渉のはずが

中国政府側の発言で、「22ヵ月の交渉」とあったが、劉鶴副首相(当時は中央財経小グループ弁公室主任)が貿易交渉のため初めて訪米したのは、2018年2月下旬のことだ。それでもトランプ政権は貿易戦争を「開戦」した。

昨年7月に第1弾340億ドル、翌8月に第2弾160億ドル、翌9月に2000億ドル分に追加制裁関税を課した。今年9月からは第4弾前半の1100億ドル分に追加制裁関税を課した。そして12月15日には、残りの第4弾後半、1600億ドル分に追加制裁関税をかけようとしていたのだ。

今回の第一段階の合意は、第1弾から第3弾までは据え置きで、第4弾前半の追加制裁関税15%を7.5%に半減させ、第4弾後半の関税発動を留保するというものだ。その代わり、中国はアメリカから年500億ドル規模の農産品を購入する。

つまり、米中双方が強調しているように、あくまでも「第一段階の妥結」に過ぎないのである。

それでも中国側にしてみれば、22ヵ月の間に、単なる貿易交渉のはずが、「戦線」が拡大してしまい、経済の「流血」に歯止めがかからなくなってしまっていた。戦線の拡大とは、具体的には、下記のようなものだ。

1)米中貿易の不均衡
2)中国におけるアメリカ企業の強制的技術移転
3)中国における知的財産権の強力な保護と執行
4)中国におけるアメリカ企業への関税・非関税障壁
5)中国によるアメリカ商業資産へのサイバー攻撃
6)中国政府の補助金と国有企業を含む市場を歪める強制力
7)中国向けアメリカ製品・サービス・農産物への障壁・関税
8)米中貿易における通貨の役割

まさに中国側から見ると、貿易戦争を起点として、技術戦争、金融戦争、軍事戦争へとエスカレートしていく過程にあったのである。そのため、たとえ一時的でも構わないから、「止血」を迫られていた。

波乱の2020年に向けて

この米中貿易交渉が佳境に差し掛かっていた12月10日から12日まで、北京では2020年の経済政策を決める中央経済工作会議が開かれていた。

この重要会議は伝統的に、経済部門の責任者である首相(国務院総理)が毎年暮れに主催していたが、2015年末の会議から、習近平主席が李克強首相から主導権を奪って、自ら主催するようになり、現在に至っている。

12日の中央経済工作会議終了後に新華社通信が報じた長文の記事を読むと、2015年の「供給側構造改革」や、昨年の2兆元規模の大型減税といった「目玉政策」はなく、無難に淡々とこれまでの政策をこなしていくという感じだ。

具体的には、来年の重点項目を6つ定めた。

1)「新たな発展の理念」を堅固に貫徹する……「新たな発展の理念」とは「創新・協調・緑色・開放・共享」のこと。
2)「3大攻勢」を堅実にうまく行う……「3大攻勢」とは、貧困撲滅、大気汚染駆除、金融不安解消のこと。
3)民生を確保し、特に貧困層の基本生活の保障と改善を行う……国民皆保険や年金制度などを意味する。
4)積極的財政政策と穏健な通貨政策を継続して実施していく……多額の国債や地方債の発行もやむなしで、とにかくいまを凌ぐ。
5)高品質の発展を推進する……「規模から質へ」という方針は、第13時5ヵ年計画(2016年~2020年)の基本路線でもある。
6)経済の体制改革を深化させる……国有企業改革が「改革の本丸」だが、習近平政権下では、国有企業の民営化ではなく「統合による肥大化」を志向している。広告

中国はいまや、アメリカとの対立、対決は長期的かつ全面的になることも視野に入れ始めている。そして習近平政権は、かつて毛沢東主席が唱えたような「持久戦論」で臨む構えだ。

これは単純に言えば、「時間は中国に味方する」という考え方だ。経済力にせよ軍事力にせよ、時間とともに「彼我の差」が縮まっていくからだ。

そんな中でいよいよ、アメリカ大統領選の波乱の2020年を迎える――。

米中貿易戦争は一時的な休戦となりましたが、米中技術戦争は水面下で休まる時がありません。2020年は5G時代、5Gを巡る最新の角逐をご高覧下さい!