トランプ大統領

アメリカのトランプ政権は、イスラエルとパレスチナの長年の紛争を解決するためとして独自の中東和平案を公表しました。ただ、イスラエルによる占領を追認するイスラエル寄りの内容となっていて、パレスチナ側は強く反発しています。

トランプ政権は28日、イスラエルとパレスチナの長年の紛争を解決するためとして2つの国家の共存を柱とする中東和平案を公表しました。

それによりますと、帰属を争う聖地エルサレムについて、「イスラエルの主権下にある首都であり、分割されることはない」とする一方、パレスチナ側はイスラエルが建設した分離壁の外側にあるエルサレムの周辺地区を首都にするとしています。

さらに、ヨルダン川西岸でイスラエルが建設した入植地については「ほとんどをイスラエル領内に組み込む」としています。

トランプ大統領には、ことし秋の大統領選挙を見据えて、イスラエルを支持する国内のキリスト教福音派などにアピールし、支持基盤を固めるねらいがあり、和平案はイスラエルによる占領を追認したイスラエル寄りの内容となっています。

公表に合わせてトランプ大統領はネタニヤフ首相とともに演説し、「私のビジョンは双方にウィンウィンの機会を提示するものだ」と述べました。

また、ネタニヤフ首相は「トランプ大統領の和平案は世紀のチャンスであり、イスラエルはこのチャンスを逃さずに取り組んでいきたい」と述べました。

一方、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は「聖地エルサレムは売り物ではなく、トランプ政権の和平案は必ず失敗する」と述べ強く反発しました。パレスチナ側はイスラエル寄りの政策をとりつづけるトランプ大統領を公平な仲介者とみなしておらず、中東和平の進展は見通せない状況です。

トランプ和平案とは

トランプ政権が発表した和平案は「平和から繁栄へ」というタイトルで180ページ余りに上ります。

主なポイントは次のとおりです。

▽エルサレムの帰属問題については、「イスラエルの主権下にある首都であり、分割されることはない」として、パレスチナ人が多く暮らし、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地がある東エルサレムも含めてイスラエルの首都にするとしています。一方、パレスチナ側はイスラエルが建設した分離壁の外側にあるエルサレムの周辺地区をアラビア語でエルサレムを意味する「クッズ」などと名付けて首都にすることができるとしています。

▽ヨルダン川西岸の占領地にイスラエルが国際法に違反して建設した130か所以上の入植地については、「イスラエルは入植地を撤去する必要は無く、ほとんどの入植地はイスラエル領内に組み込む」として、イスラエルへの併合を認めています。

▽また隣国ヨルダンとの境界沿いのヨルダン渓谷と呼ばれる地域についても「イスラエルの国の安全保障にとって極めて重要だ」としてイスラエルへの併合を認めています。

▽中東戦争で故郷を追われパレスチナ暫定自治区や周辺国で暮らしている600万人を超えるパレスチナ難民については、「イスラエルの一部となった故郷に帰還する権利はない」としています。パレスチナ難民はイスラエルとパレスチナの間で和平合意が結ばれるのと同時に難民としての資格を失い、支援活動を行ってきたUNRWA=国連パレスチナ難民救済事業機関は解体し、支援活動を他の機関に引き継ぐとしています。

▽また、パレスチナは治安機関を持つ以外には完全に非武装化するとしています。ガザ地区を実効支配するハマスやほかの武装勢力は武装解除するとしています。

▽これらを含む和平案の内容をパレスチナがすべて受け入れることを条件に、パレスチナはアメリカとイスラエルの承認のもと、国家の樹立を認められるとしています。

中東各国からは賛否

トランプ政権が打ちだした独自の中東和平案について、中東各国の間では、アメリカとの関係が深い湾岸諸国やエジプトが前向きに評価する一方、イランやトルコはひどい計画だ、などと非難しています。

このうち、湾岸諸国は、イスラエルと国交はないものの、トランプ大統領による和平案の公表の場にUAE=アラブ首長国連邦とバーレーン、それにオマーンの大使が出席しました。

アメリカにあるUAEの大使館は声明を出し、「アメリカ主導の国際的な枠組みの中で和平交渉に戻るための重要な出発点になる」として歓迎する姿勢を示しました。

地域大国のサウジアラビアは、公表の場に大使は、出席しませんでしたが、外務省が声明を出し「包括的な和平案を作り上げたトランプ政権の努力に感謝する。アメリカの支援の下でパレスチナとイスラエルが直接和平交渉を始めることを奨励したい」と評価しました。

また、イスラエルと国交があるエジプトの外務省も声明で「アメリカの努力に感謝する」としたうえで、「両者がアメリカの提案を吟味し、包括的な和平に向けた対話の再開を期待する」として和平交渉の再開を呼びかけました。

一方、アメリカやイスラエルと対立するイランは、外務省のムサビ報道官がコメントを発表し「これはパレスチナの人たちにとって『世紀の裏切り』だ。このようなひどい計画は失敗する運命にある」と述べて非難しました。

ザリーフ外相も、ツイッターに「地域や世界にとって悪夢だ」と投稿しています。

また、トルコ外務省も声明で、「2国家共存の解決策を抹殺しパレスチナの土地を奪うことを目的としている」と厳しく批判したうえで「イスラエルによる占領と迫害を正当化することは許さない。パレスチナが認めない案をわれわれは支持しない」として反対する立場を明確に打ちだしました。

パレスチナ暫定自治区・ガザ地区で抗議デモ

パレスチナ暫定自治区のガザ地区では28日、現地を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスがトランプ政権の中東和平案に反発して抗議デモを行いました。

ガザ地区の中心部では、ハマスの呼びかけで、およそ1000人がデモ行進し、「トランプの和平案はばかげている」などと批判の声をあげました。

デモの参加者は「アメリカは身勝手な和平案を作成し、イスラエルを手助けしようとしている」とか、「トランプ政権のアメリカは和平の公平な仲介者と見なすことはできない」などと述べ、アメリカへの怒りを口にしていました。

ハマスは、トランプ政権によるイスラエル寄りの和平案の発表を受けて、このところ中断していた大規模な抗議デモを再開する構えを見せていて、イスラエル軍との衝突が懸念されます。

アッバス議長「平和的抵抗運動を続ける」

和平案の発表後、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は直ちにテレビ演説を行い、「聖地エルサレムは売り物ではなく、トランプ政権の和平案は必ず失敗する」と、語気を荒げてトランプ大統領とネタニヤフ首相を批判しました。

そのうえで「パレスチナはあらゆる努力を尽くして平和的に抵抗運動を続ける」と述べて抗議デモを呼びかけました。

さらにアッバス議長は10年以上対立が続いている、イスラム原理主義組織のハニーヤ最高幹部と電話会談を行ったことを明らかにし、「互いの違いを乗り越えて団結するときだ」と述べ、今後の抗議活動では、ライバル関係にあるハマスとも連帯していく姿勢を示しました。

米の中東和平仲介の歴史

中東和平交渉は長年、アメリカが仲介役となり、イスラエルと将来のパレスチナ国家が平和的に共存する「2国家解決」に向けて国境線の画定や聖地エルサレムの帰属などが話し合われてきました。

2000年には、クリントン大統領がワシントン近郊のキャンプデービッドに、イスラエルとパレスチナ暫定自治政府、双方の指導者を招いて、およそ2週間にわたる交渉を仲介しましたが、エルサレムの帰属をめぐって交渉は決裂しました。

また、2007年には次のブッシュ政権がワシントン郊外のアナポリスに双方の指導者らを招いて7年ぶりの和平交渉の再開を宣言したあと、ライス国務長官が8度にわたってイスラエルとパレスチナ暫定自治区を訪れて双方の指導者による直接交渉を仲介しました。

その後、オバマ政権は2013年以降、ケリー国務長官を現地に派遣し、双方の利害を調整する「間接交渉」に乗り出します。

交渉は不調に終わりましたが、ケリー国務長官は交渉期間の9か月間にパレスチナのアッバス議長と34回にわたって会談を行いました。

しかし、トランプ大統領が2017年12月にエルサレムにアメリカ大使館を移転することを決めたことをきっかけに、パレスチナは猛反発し、断交状態になっています。

これ以降、パレスチナはトランプ大統領の極端にイスラエル寄りの政策を理由に「アメリカは公平な仲介者ではない」として、アメリカによる仲介を拒否しています。

イスラエル寄りの政策

トランプ大統領は歴代のアメリカの政権の中で最もイスラエル寄りの政策をとりつづけていると指摘されています。

2017年12月には、パレスチナの猛反対をかえりみず、聖地エルサレムをイスラエルの首都と認めると発表。

そして、翌年のおととし5月には大統領選挙の時の公約どおり、イスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転させました。

さらに同じ5月には、国際社会の反対を押し切ってイスラエルと敵対するイランの核合意から一方的に離脱を宣言。オバマ前政権から大きく方針を転換します。

去年3月にはイスラエルが占領するゴラン高原について、イスラエルの主権を認める考えを明らかにし、11月にはイスラエルがヨルダン川西岸で行っている入植活動は国際法違反とはみなさないと表明。アメリカ歴代政権の40年来の政策を覆しました。

こうしたトランプ大統領の政策の背景には、敬けんなユダヤ教徒である娘婿のクシュナー上級顧問の助言もあるとされ、娘のイバンカ氏も、結婚を機にユダヤ教に改宗したことで知られています。

和平案公表のねらいは

トランプ大統領がこの時期、中東和平案を公表したのは、秋に大統領選挙が迫るなか、アメリカ国内のキリスト教福音派やユダヤ系のロビー団体などイスラエルとの結び付きが強いグループの支持を固めたいという思惑があります。

特に国民の4分の1を占めるとされ、アメリカ最大の宗教勢力とも言われる福音派は聖書の言葉を厳格に守ることを教えの柱とし、イスラエルを支援することが重要だと考えています。トランプ大統領の再選には欠かせない支持基盤です。

しかし、ウクライナ疑惑などのスキャンダルが取り沙汰される中、先月、キリスト教福音派の有力誌が「憲法に違反しただけでなく極めて不道徳だ」としてトランプ大統領の罷免を求める社説を掲載しました。

支持基盤の一部が離反する可能性も指摘される中、トランプ大統領としては、改めてイスラエルを重視する姿勢を打ち出し、支持を固めたいという思惑があるとみられます。

また、先週からは議会上院でウクライナ疑惑をめぐる弾劾裁判が始まり、全米で生中継される審理で民主党が追及を強める中、疑惑から国民の目をそらすねらいがあるのでは、という見方も出ています。

一方、イスラエルでは、ことし3月に総選挙が予定されていて、トランプ大統領としては、汚職事件で批判にさらされている盟友のネタニヤフ首相に外交的な成果を与え、援護射撃しようとしているとの見方が出ています。