[ワシントン 15日 ロイター] – オリバー・テーラーは英バーミンガム大学の学生で、目は茶色、無精ひげをうっすらと生やし、少しぎこちない笑いを浮かべる二十歳そこそこの若者だ。 

オンラインのプロフィールを見ると、コーヒー好きで政治オタク、伝統的なユダヤ人家庭で育った。フリーランスとして「エルサレム・ポスト」や「タイムズ・オブ・イスラエル」といった新聞に寄稿したいくつかの署名入り論説記事や、ブログの投稿からは、反ユダヤ主義問題に強い関心を持っていることがうかがえる。 

実は裏がある。オリバー・テーラーは、手の込んだ架空の人物らしいのだ。 

大学に問い合わせると、そうした在学生はいないとの答えが返ってきた。Q&Aサイトのクオーラにアカウントがあって、今年3月に2日間ほど活発に書き込みをしていた以外、オンラインにこれといった履歴はない。 

彼の記事を載せた2つの新聞社は身元を調べたが、確認できなかったという。そして、偽画像の専門家が最先端の法医学分析プログラムを用いて分析した結果、テーラーのプロフィール写真は本物そっくりの偽造、つまり「ディープフェイク」だと判明した。 

テーラーの背後にだれがいるのか、ロイターは把握していない。彼が編集者らに示した英国の電話番号にかけてみたが、エラーメッセージが自動再生されるだけだ。編集者との連絡用に使っていたGメールのアドレスにメッセージを残したが、返信はない。 

ロイターがテーラーの件を知ったのは、ロンドンの学者、メーゼン・マスリ氏からの通報がきっかけだった。マスリ氏は2018年末、イスラエルのサイバーセキュリティー会社・NSOによる電話ハッキング被害を訴えるメキシコ人らの代理人として、イスラエルで同社を提訴して国際的に注目を集めた人物だ。 

米国のユダヤ人向け新聞「アルゲマイナー」に載った記事で、テーラーはマスリ氏と、パレスチナ人で人権活動家の妻を「よく知られたテロリスト共感者」だと攻撃している。 

夫妻は指摘に驚き、その事実を否定。しかし、一大学生が自分たちを名指ししたことにも当惑した。マスリ氏はテーラーのプロフィール写真を引き出してみたが、心当たりはない。だが、この若者の顔は「何かずれている」と感じたという。 

ロイターが取材した専門家6人は、写真はディープフェイクの特徴を備えていると述べた。 

米カリフォルニア大バークリー校で教えるヘイニー・ファリド氏は「背景のゆがみと非連続性は、合成画像の紛れもない特徴だ。首と、えり回りにもいくつか異常な点がある」と話した。 

作品にディープフェイクを多用する芸術家のマリオ・クリンゲマン氏は、写真はディープフェイクの特徴をすべて備えており「100パーセント(ディープフェイクだと)確信できる」と語った。 

<腹話術人形> 

テーラーの存在は「ディープフェイクと偽情報の融合」という、デジタル時代の重要な懸案事項になりつつある現象を考える上で、またとない事例だ。 

ワシントンでもシリコンバレーでも、こうした脅威への懸念は強まっている。米下院のアダム・シフ情報特別委員長は昨年、コンピューターが生み出す動画によって「世界的指導者が腹話術人形に変わる」恐れを指摘した。 

フェイスブックは、ディープフェイクの自動特定に携わる研究者を支援するため「ディープフェイク特定チャレンジ」というコンペを開催し、その結果を6月に発表した。 

米ニュースサイト「ザ・デーリー・ビースト」は先週、ディープフェイクを用いた偽ジャーナリストのネットワークを暴いた。 

ディープフェイク画像検出専門の会社をイスラエルで立ち上げたダン・ブラミー氏は、テーラーのような事例が危険なのは、身元をさかのぼるのが全く不可能な人物像を作り上げる点だと言う。こうした写真の源を捜査しても「干し草の山で針を探す羽目になる。針が存在するならまだしも」 

テーラーは昨年12月末ごろに記事を「書き始める」まで、インターネット上に軌跡がなかったようだ。エルサレム・ポストとアルゲマイナーの編集者らは、テーラーから電子メールで記事を持ち込まれ、掲載したと説明する。報酬は求められなかった。編集者らはテーラーの身元チェックのための積極的な措置は取らなかった。 

アルゲマイナーのドビッド・エフュネ編集主幹は「わが社のビジネスは防諜活動ではないので」と釈明。ただ、テーラーの一件以来、新たな安全保護措置を導入したとしている。 

ロイターがテーラーについて取材を始めた後、アルゲマイナーとタイムズ・オブ・イスラエルはテーラーの記事を削除。エルサレム・ポストはロイターがこのニュースを配信した後、テーラーの記事を削除した。 

テーラーはタイムズ・オブ・イスラエルとアルゲマイナーに対し、削除に抗議する電子メールを送ってきたが、タイムズの編集者は、テーラーが身元確認に協力しなかったため抗議をはねつけたと説明した。アルゲマイナーのエフュネ氏は、テーラーに返信しなかったという。

 写真は5月、ロンドンで撮影に応じる人権保護を専門とする学者メーゼン・マスリ氏(2020年 ロイター/Dylan Martinez)

テーラーのこうした記事は、ソーシャルメディアで最低限の関心しか集めなかった。しかし、タイムズ・オブ・イスラエルのオピニオン欄編集者、ミリアム・ハーシュラグ氏は、このような事例は社会の議論をゆがめるだけでなく、編集者が無名の書き手にチャンスを与えるのに及び腰になるという弊害もあると指摘する。 

「偽物をふるいにかけ、防御を固める必要があるのは間違いない。しかし、新人の声を届けることに障壁を設けたくはない」──。