[ワシントン 1日 ロイター] – ジョー・バイデン氏がいわゆる「サイレントジェネレーション」に属する最後の米大統領となるのはほぼ間違いないだろう。この世代は第二次世界大戦期に子供時代を送り、成人になったときには経済が好景気に沸いて中間層が富を蓄え、米国は世界随一の工業国としての地位を確固たるものにした。
78歳のバイデン氏はその後半生に、国富に占める中間層の割合が下がり、成長の分け前が一握りの地域に集まるのを目にしてきた。彼は今、3月31日に発表した約2兆ドル(約220兆円)のインフラ投資計画で、この流れを逆転させ、ないがしろにされてきた人々や地域に資金を振り向けたいと考えている。
民主党のバイデン氏が打ち出した雇用・インフラ計画は、財源を法人税増税で賄うもので、1980年のロナルド・レーガン氏の大統領選出とともに共和党が始め、その後民主・共和両党が度重なる減税や規制緩和を通じて育んだ民間市場絶対視の姿勢とは対照的だ。
ビル・クリントン氏は社会福祉を後退させて金融規制を緩和し、バラク・オバマ氏は先の景気後退期に大規模な財政出動をためらったが、いずれにせよ両党ともこの数十年間、行き過ぎた介入に二の足を踏んできた。
地方や「ラストベルト(さびついた工業地帯)」は色あせ、黒人と白人の貧富差縮小は進んでいない。
バイデン氏の計画は、彼が青年期を迎えていた1960年代の民主党大統領を思い起こさせる。ジョン・F・ケネディー氏は月面着陸計画など国を挙げた挑戦に取り組み、リンドン・ジョンソン氏は社会のセーフティーネットを強化する「偉大な社会」計画を進めた。ドワイト・D・アイゼンハワー氏も1956年に州間高速道路の建設財源を確保するために法整備を行った。
マサチューセッツ工科大(MIT)のサイモン・ジョンソン教授(経済学)はバイデン氏の計画について、「その規模、仕組みに驚いた」と言う。公共投資を正しく行えば、「生産性を高め、成長を押し上げ、それを全国に広げることができるという考えに立っているようだ」と指摘した。
<議会で世紀の攻防>
米議会ではバイデン氏の計画を巡って「世紀の攻防」が繰り広げられそうだ。
共和党上院トップのマコネル院内総務は31日、民主党が提案するいかなる予算案も「大幅な増税を招くトロイの木馬だ」と述べた。共和党は、気候変動抑制や格差解消などの政策目標を予算案に盛り込ませる民主党の取り組みを支持しない方針を示している。
米国は既に昨年、新型コロナウイルスと戦うために50億ドル余りを支出しており、その大半は家計や失業者への直接的な現金支給に充てられた。
バイデン政権によると、コロナ禍による傷はさらに深まる恐れがあり、コミュニティーや技術研究、雇用を創出する建設プロジェクトなどへの連邦予算投入は、回復を後押しし続ける手段だ。
バイデン氏の計画に盛り込まれたアイデアの多くは、大学や研究機関の間では何年も前から浸透している。例えばMITのジョンソン教授は2019年の著作で、新たな公益網や複雑な基礎研究などへの公的投資を民間資本で完全に置き換えることは不可能だと論じた。
バイデン氏のアプローチは、小児教育の不備や電気自動車(EV)の充電ステーション設置まで、幅広い問題に手を打つ一網打尽ぶりと、どのような政策が必要かの分析において際立っていると言える。
民主・共和両党の大統領が対応を約束したにもかかわらず、中小規模の都市や小さな街はこの数十年、人口や経済の縮小に歯止めが掛かっていない。
米国内総生産(GDP)が賃金・給与に回る比率も低下し、多くのエコノミストはこのことが格差拡大に手を貸していると考えている。
バイデン氏は、世界に冠たるサンフランシスコやボストンのような高所得地域と中間層の格差を縮小するため、インフラ計画と研究開発拠点の両方に財政を出動することで、歴代大統領が果たさなかった有言実行を目指している。
バイデン氏は31日の演説で、米国の研究開発費の対GDP比は数十年前には2%だったが今では1%を割り込み、一方で諸外国が投資を増やしていると指摘。「われわれは後れを取った。海外諸国は急速に追いついている。こうした状況を放置できない」と述べた。
超党派の団体イノベーション・エコノミック・グループのリサーチディレクター、ケナン・フィクリ氏はバイデン氏の計画について、「米国で広がっている地域格差に対する大規模な取り組みだ。インフラがアクセスと機会を生み出したり、遮断したりする仕組みを理解していることが分かる」と述べた。
過去30年間に民主党大統領の政権は16年に及んだが、黒人と白人の格差はこの間、ほとんど縮まっていない。
バイデン氏の計画は、環境汚染が起きている黒人コミュニティーや、黒人労働者の比率が高い産業に投資することを目標としている。
<豹変したバイデン氏>
バイデン氏は一見するとこのような過激な政策変更を推し進める人物には見えない。バイデン氏が政界に足を踏み入れた1970年当時、米労働者の所得の対GDP比はピークを迎えていた。バイデン氏はその後、民主党中道派としてキャリアを積んで銀行業界寄りの法案を支持し、そのことは大統領選で批判を浴びた。
しかしバイデン氏が大統領に就任したのはちょうど、彼が上院議員時代や副大統領時代に耳にしてきた政府介入への反対意見が消滅しているように見えるタイミングだった。彼は今、ほかならぬ民主党中道派の改革を目論んでいる。
民主党クリントン政権で財務長官を務めたサマーズ氏など、バイデン氏の古い同僚からは、バイデン氏は足を踏み外したとの声も上がっている。
サマーズ氏は2月、バイデン政権の景気対策について、「(景気が)非常に厳しい」ことは確かだが、「必要な限度を大きく超えている」と述べた。
一方、長らく休眠状態を続けてきた民主党内のよりリベラルな勢力に、再び発言権を与える時が来た、との意見もある。そう主張する向きは、バイデン氏にさらなる左旋回を求めている。
民主党のオカシオコルテス下院議員は「とうてい十分ではない」と述べた。
(Howard Schneider記者)