青森県下北半島の中ほどに位置する六ケ所村では、目の前に広がる広大な太平洋から季節を問わず様々な魚が水揚げされる。だが、「核燃サイクルの村」としては知られていても、魚での知名度はいまひとつ。地域の貴重な資源をブランド化して世界に発信しようと、若手漁師らがネットを使った新たな取り組みに挑戦している。

 千葉県流山市でホームページ製作業を営む中田創さん(35)は2016~18年、経営コンサルタントとして村の特産品開発にかかわった。ゴボウやナガイモなど農産物の特産品化へのアドバイスを村から求められていた。

 「村に来て初めて、質の高い魚がとれることを知った」と話す中田さんは、仲買人と卸商、小売店を通して消費者に届く流通に疑問を持った。「漁師による直販スタイルであれば、利益がダイレクトに漁師に入ってくる。六カ所村ブランドとして全国的な知名度を高めよう」。そう考え、ネット通販を思いついた。

 中田さんの相棒になったのは橋本翔さん(38)。八戸市の高校を出て、日本原燃の子会社で働いていたが、31歳のときに祖父や父の後を追って漁師に転身。「自分たちが採った魚の良さが知られておらず、地元にも並んでいないことが悔しかったので、中田さんのアイデアは面白かった」と飛びついた。

 2人は20年8月、株式会社「尾駮(おぶち)鮮魚団」を立ち上げた。橋本さんは六ケ所村漁業協同組合の定置網漁船「第八海鷹丸(うみたかまる)」に乗り込み、週に2、3日は漁に出る。自ら水揚げした新鮮な魚を自ら競り落とした後に泡スチロールの箱に詰めて、インターネットを使って主に首都圏や関西の消費者に届けている。

 水揚げされた魚は、通常は卸商や小売店を通じて流通する。橋本さんは仲買人の免許も持っているので、競り落としてそのまま消費者に届ける同社のシステムが成立する。漁師直販なので、新鮮で質の高い魚は種類によっては市価の半額程度になるという。

 六ケ所村ではヒラメやサケ、サバ、ホッケなど定番の魚のほか、量は少ないもののホウボウやアンコウ、アイナメなど約50種類が水揚げされる。2人が販路拡大のために首都圏などで行った商談会では「核燃の村で漁業をやっていたのか」と驚かれつつ、魚の質の高さが評価されることが多かったという。

 形が不ぞろいだったり、少しだけ傷がついたりしている魚を使った加工品の開発にも取り組んでいる。青森県産業技術センターの下北ブランド研究所の指導を受け、サバのくんせいやアヒージョ、ヒラメのオイル漬けや生ハムなど20種類近い加工品の試作を行っている。研究所の角勇悦統括研究管理員は「六ケ所村の魚は質が高く、加工する前の鮮度も抜群。ブランド化に挑む尾駮鮮魚団の取り組みに注目している」と期待を寄せる。

 青森県には大間町のマグロや八戸市のイカなど、全国的に名の通ったブランド地魚がある。尾駮鮮魚団の売り上げは現時点では月50万円前後にすぎないが、橋本さんと中田さんの夢は、六ケ所村の魚の素晴らしさを中国や東南アジア諸国にも広めることだ。「営業やPRを重ね、大間町や八戸市といったブランドと肩を並べられるようにしたい」。(安田琢典)