[東京 16日 ロイター] – 新型コロナウイルス禍の長期化に苦しむ日本の飲食業に、材料価格の上昇という新たな難題が降りかかろうとしている。ひと足早く行動制限が解かれた国々で、肉や食用油などの需要が回復しているためだ。ワクチン接種の進展とともに消費が戻り、日本経済が回復していくという日銀などのシナリオに水を差す可能性がある。
<牛タンはキロ500円値上げ>
「飲食店の企業努力で吸収できる幅じゃない──」。東京・板橋区の住宅街にある焼肉店の店主は、牛肉の急激な値上がりに直面している。6月下旬から米国産バラ肉を1キログラム当たり1300円から1500円に、同じく米国産のタンを2800円から3300円に引き上げると卸業者から伝えられた。業者は「秋にもまた上がるから覚悟しておいて」と言って引き上げていったという。
日本の輸入牛肉はオーストラリア産と米国産が約9割を占める。独立行政法人農畜産業振興機構がまとめたデータによると、4月の米国産輸入牛肉の卸売価格は、カルビに当たるショートリブが前年同期比10.0%、タンが同23.7%、牛丼などに使われるショートプレートが同66.2%それぞれ上昇。豪州産輸入牛肉の各部位も軒並み上がった。
足元の価格上昇は、コロナによる落ち込みから回復が早かった米国や中国などで需要が増加していることがベースにある。さらに食肉卸大手の関係者によると、豪州産と米国産ではそれぞれ別の背景もあり、豪州産は2018─19年に起きた干ばつの影響が供給面で制約となっている一方、米国産については、中国が関係の悪化したオーストラリアから輸入しなくなった影響などもあるという。
前出の焼き肉店の店主は「うちはもともと原価率が高い商売をしていた。仕入れ価格が上がった分だけメニューの価格を上げなければならない」と話す。「制限が解除されて通常営業に戻ったとしても、お客さんが値上げで離れていってしまうかもしれない」と、先行きの不安がつきまとう。
<業務用食用油も値上げ>
日清オイリオグループは2021年に入って3度、商品の値上げを発表した。業務用食用油は4月と6月の計2回で1斗缶当たり800円以上引き上げたが、8月1日納入分からさらに800円以上引き上げる。「年3回の値上げは通常あり得ない」(広報)ものの、世界的な需要拡大などで食用油の主原料となる大豆や菜種、パーム油の価格が急激に上昇。コストの上昇分すべてを吸収することが極めて難しい状況になっているという。
東京・赤坂駅から徒歩5分の場所にある居酒屋は、先日、業者から食用油1斗缶を500円値上げすると通知を受けた。4月に酒類の提供を禁止されてからは午後8時までの営業も取り止め、現在は唐揚げ定食を中心にランチ時間のみ営業している。店主は「1カ月で1000円以上のコスト増。ランチは10円値上げするだけでもシビアに効いてくるので結構な痛手だ」と話す。
世界経済の回復を受けて価格が上昇しているのは、肉や食用油など食材だけではない。企業間で売買される物品は幅広く値上がりしており、日銀が10日発表した5月の企業物価指数(速報値)は、前年同月比4.9%上昇。指数と伸び率の大きさは12年8カ月ぶりの高水準となった。輸入物価指数(円ベース)は同25.4%上昇するなど、交易条件も悪化している。
こうした原材料の価格上昇は、コロナワクチンの接種が進むにつれて消費が回復していくという政府や日銀のメーンシナリオを狂わせる可能性がある。この先、原材料高を反映し、石油・石炭製品や非鉄金属などで値上がりが続くと見込まれる一方、一部の企業からは原材料価格の転嫁に時間を要しているとの声も聞かれる。大和証券のシニアエコノミスト、末広徹氏は「企業収益への圧迫が強まれば賃金が抑制されたり、個人消費が冷やされたりしかねない」と指摘する。
内閣府・財務省が11日発表した法人企業景気予測調査では、21年度の非製造業の設備投資額(見通し)はプラス7.4%から同5.8%に下方修正され、力強さは感じられない。みずほ証券のマーケットエコノミスト、稲垣真太郎氏は「先々の収益性がみえてこないと設備投資には踏みきれない」と指摘。非製造業の設備投資は慎重にならざるを得ないとみている。
ランチ時間帯だけ営業する赤坂駅近くの居酒屋は、1日の売り上げがコロナ前に比べて8割減っているという。ワクチン接種が進めば営業制限が解除され、忘年会シーズンに向けて客足が戻ることが期待されるが、今は不安も大きい。「企業の飲み会も4人以上はなかな集まりづらくなっている」と、店主は言う。「コロナが収まっても元の状況に戻るには時間がかかりそうだ」。