[東京 4日 ロイター] – 米体操女子のエース、シモーン・バイルス選手(24)は、東京五輪で世の話題をさらうと期待され続けてきた。実際に同選手は大きな注目を集めたが、それは誰も予想しなかったことについてだった。
期待された大会記録の塗り替えはなかった。しかし、同選手の物語は「メダルの獲得」から「アスリートのメンタルヘルスと幸福の擁護」へと筋書きが変わり、東京五輪に消えることのない足跡を残すことになった。
<跳馬1回で演技取りやめ>
体操選手は重力に逆らうような技を繰り出す際に空中で平衡感覚を失う「ツイスティーズ」と呼ばれるメンタルブロック(激しい精神的な落ち込み)に見舞われる。この症状は東京五輪前にスポーツ界以外ではほとんど知られていなかった。
バイルス選手は、史上最多となる6個の金メダル獲得し、五輪出場の女子選手として最大の成功を収めるとの期待を背負い、来日した。しかし最初の競技である団体戦総合決勝で跳馬を1回跳んだだけで以降の演技を取りやめ、自信喪失の危機に見舞われた。
その後1週間にわたり有明体操競技場全体と、東京五輪の大半がバイルス選手の話題で持ち切りになった。
橋本大輝選手は男子の個人総合と種目別鉄棒で金メダルを、さらに団体で銀メダルを獲得し、日本体操界の「王者」、内村航平選手の後継者に名乗りを上げたが、それでも今大会の注目の的がバイルス選手であるのは変わらなかった。
2016年のリオデジャネイロ五輪で女子4冠のバイルス選手は、リオ五輪で獲得した団体戦のタイトルをロシア・オリンピック委員会(ROC)に奪われ、その後も個人総合のタイトルがチームメイトのスニサ・リー選手に渡るのを座視するしかなかった。
床運動は米国のジェード・キャリー選手が、跳馬はブラジルのレベッカ・アンドラデ選手が優勝した。
しかし物語の最後にどんでん返しが待っていた。バイルス選手は3日に行われた種目別平均台に出場。勇気を持って競技に臨んだ。優勝は中国の管晨辰選手で、バイルス選手は5年前のリオ大会と同じ銅メダルだったが、「チャンピオン」として称えられるだろう。
団体の銀メダルと平均台の銅メダルを合わせて、バイルス選手の五輪でのメダル獲得数は計7個となったが、スター選手に期待されていた目標に遠く及ばなかった。
バイルス選手が描いていた五輪でのシナリオを狂わせたのは、こうしたメダル獲得へのプレッシャーと期待だ。バイルス選手は、心身の健康を優先するという決断について驚くほど率直に話した。
<アスリートは「人を楽しませるモノではない」>
国際オリンピック委員会(IOC)は、アスリートの幸福のためにすべきことはもっとあると認めている。特に五輪というプレッシャーの中で競技することに伴う重圧について語ったアスリートたちのためにすべきことは多い。
IOCのスポークスマン、マーク・アダムス氏は「もっとできることがあるはずだ」と述べた上で、IOCはこの問題に以前から取り組んできたと強調した。
バイルス選手は五輪という舞台を降りたが、彼女の振る舞いによってアスリートも最終的には人間なのだということが厳然と思い起こされることになった。
「精神的にはまだまだ努力しなければならないことがたくさんあるけれど、メンタルヘルスの問題に光を当てることは私にとって大きな意味がある。結局のところ私たちは人間であって、単に人を楽しませるモノではないということを人々は理解すべきだ」とバイルス選手は訴えている。
(Steve Keating記者)