新型コロナウイルスによって史上初めて1年延期された東京五輪が8日、閉幕した。日本勢のメダルラッシュに沸いた大会だったが、感染の急拡大によって菅義偉政権に浮揚効果は見られなかった。経済効果も限定的で株式市場の反応も鈍かった。

  ほとんどの競技が無観客という異例の状況で実施された東京五輪は日本に何を残したのか。コロナや経済、政治など七つの項目で分析する。

TOKYO, JAPAN – JULY 26: Ito Mima (L) and Jun Mizutani (R) of Team Japan embrace after winning their Mixed Doubles Gold Medal match on day three of the Tokyo 2020 Olympic Games at Tokyo Metropolitan Gymnasium on July 26, 2021 in Tokyo, Japan. (Photo by Steph Chambers/Getty Images)

1.新型コロナウイルス感染

  感染力の強いデルタ株の影響で、東京の感染者数は5日に初めて1日当たり5000人を突破するなど大会期間中に急増した。24日からのパラリンピック前に解除する予定だった緊急事態宣言も、月末までの延長が決まった。一方で選手らと外部の接触を断つ「バブル」方式が取られた五輪関係者の感染は、限定的だった。

  新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は4日、バブルの中での感染が東京の感染拡大に直接関係しているとは「全く思わない」との認識を示した。ただ五輪開催が感染防止と矛盾したメッセージとして「人々の意識に与えた影響はある」という。

2.政治

  世界的に感染が再拡大する中、開会式に合わせて来日する外国首脳はマクロン仏大統領らに限られ、「五輪外交」は小規模にとどまった。日本人選手の活躍で大会は盛り上がったが、感染者の急増で国民に不安が広がり、政権浮揚にはつながっていない。開幕した7月23日からの3日間に日経新聞が実施した世論調査では、内閣支持率が34%と政権発足以降で最低となった。

  政府は10月から11月までの早い時期に、希望する全国民へのワクチン接種を完了する目標を掲げている。接種を加速し、感染を抑え込むことができるかは、自民党総裁選や衆院選の行方にも影響を及ぼす。

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3.経済

  総工費約1500億円をかけた新たな国立競技場の建設をはじめ、大会準備のための公共事業が経済効果をもたらした。開催に踏み切ったものの東京都への緊急事態宣言発令を受けて首都圏をはじめ多くの会場で無観客となり、観戦客の交通費や宿泊費など期待されていた関連消費も失われた。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは無観客開催で経済効果が1337億円減少すると試算した。

  一方、大和総研の神田慶司シニアエコノミストは2日付のリポートで、五輪関連の消費拡大が内需下支えに一定程度寄与すると期待されると指摘。観戦のための巣ごもり需要でスーパーマーケットの販売額が増加したほか、デリバリーやテークアウト、オリンピック関連グッズも好調だったことを挙げている。

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4.市場

  日本人選手による過去最多の金メダル獲得は、本来であれば投資家にとって朗報だ。金メダル獲得数が2桁に達した大会時にはほぼ必ず日経平均株価が上昇していたと、アナリストは指摘している。

  だが、今回の大会期間中に日本株はほとんど動いておらず、日経平均は年初来安値付近で推移した。日経平均の今年のパフォーマンスは、先進国市場の中で最悪の部類となっている。

  新型コロナウイルスの感染再拡大が、期待されていた相場上昇の足を引っ張った可能性がある。一部のアナリストは、事態が悪化すれば、秋に見込まれていた景気回復シナリオに誤算が生じる可能性もあると指摘。一方で、ワクチンの接種回数が増加し今回の感染拡大のコロナ死者数が一貫して低水準にあることを踏まえると、経済活動が再開される中で9月以降の見通しは明るいとの見方もある。

5.平等と多様性

  大会前には、組織委員会の森喜朗前会長が女性蔑視発言で辞任。LGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案の国会への提出も見送られ、差別を禁止する五輪憲章の理念に逆行する動きも目立った。

  開会式では、人種を越えた多様性の象徴として女子テニスの大坂なおみ選手が聖火台に火をともした。同性愛者と公表している男子高飛び込みの金メダリスト、トム・デーリー選手(英国)らも国内メディアや会員制交流サイト(SNS)上で話題となった。大会が多様性に目を向けるきっかけになった側面もあるが、日本社会にどのような変化をもたらすかは不透明だ。

Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

6.環境問題

  再生プラスチックの表彰台や小型家電の金属を再利用したメダル、選手村で使用された段ボール製のベッドなど、東京大会はサステナビリティ(持続可能性)が強く意識された。大会組織委員会の報告書によると、東京都と埼玉県の企業が排出量削減に協力する「カーボンオフセット」を実施することで、二酸化炭素の排出量を実質ゼロ未満に抑える「カーボンマイナス」の大会を目指している。

  一方、開会式で余った大量の弁当が廃棄されたことが発覚し、五輪会場での「食品ロス」が問題視された。小泉進次郎環境相は組織委に対し、パラリンピックに向けて状況を改善するよう求めている。

スケートボード・女子ストリートで金メダルを獲得した西矢椛選手Photo by Jeff Pachoud/AFP/Getty Images

7.選手

  選手は多くの制約の中で大会に臨んだ。感染防止策として試合と練習を除き選手村に滞在することが求められたほか、力を与える観客の声援はなかった。屋外競技では連日30度を超える暑さにも苦しめられ、サッカー女子決勝などは開催時刻を変更した。

  厳しい環境だったが、新たな歴史も生まれた。重量挙げ女子のヒディリン・ディアス選手はフィリピンに初めての金メダルをもたらした。銅メダルを獲得したクレー射撃女子のサンマリノ代表、アレサンドラ・ペリーリ選手は人口約3万4000人という五輪史上最も小さな国から誕生したメダリストとなった。日本選手団の獲得した金メダルも過去最多となった。