近藤 大介
日本時間の9月22日夜10時前、ビッグニュースが飛び込んで来た。台湾が、正式にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への加入を申請したというのだ。
先週9月16日夜、中国の王文濤(おう・ぶんとう)商務部長(日本の経産相に相当)が、「TPPの加入に向けた書面を、協定の取りまとめ役であるニュージーランドの担当大臣に提出した」と発表したばかりだ。昨年11月20日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)のオンライン首脳会議の席で、習近平主席が「TPP加盟を積極的に検討する」と表明。それから10カ月を経て、ついに正式に加入を申請したのだ。
日本とアメリカで進めた対中国の経済包囲網だったが・・・
TPPは、米バラク・オバマ政権と日本の安倍晋三政権が、「中国への経済包囲網を敷く」という暗黙の了解のもとに、2016年2月に計12カ国を巻き込んで締結した高度な自由貿易協定だった。ところが、翌2017年1月にドナルド・トランプ大統領が就任するや、たちどころに離脱してしまった。
その後、日本が中心となって、翌2018年3月に、11カ国で締結した。以後、日本は「アメリカが戻って来る日」を、首を長くして待ち続けている。特に今年1月、オバマ政権の延長のようなバイデン政権が発足したことで、期待感は高まった。
だが、政権発足から8カ月を経た現在でも、バイデン大統領の口から「TPP復帰」のアナウンスはない。来年秋の中間選挙を見据えて、貿易上で少しでもアメリカに不利と思われかねない行動を取ると、有権者が共和党側に向いてしまうと恐れているのである。
そうしている間に、一週間と違わず、中国と台湾が相次いでTPPに加入申請した。この日本が主導する環太平洋の枠組みは、いったいどうなっていくのか? この問題を長く取材している中国の大手経済紙記者に聞いた。
「台湾のTPP加入だけは絶対に許さない」
――先ほど、台湾がTPPに正式に加入申請したというニュースが駆け巡ったが、中国はどう見ているか?
「もともとバラク・オバマ政権の時代にTPPを主導してきたアメリカが復帰したり、6月に加入手続きを開始したイギリスが加入することは構わない。だが台湾の加入だけは、絶対に許さないというのが、中国の立場だ」
――そうは言うが、中国も16日に加入申請したように、台湾も22日に加入申請した。中国はどう対応するのか?
「いまは国連総会の季節で、各国首脳がニューヨークの国連本部に集まっている。そうした場を通じて、また現在加盟している11カ国(オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム)の中国大使館を通じて、また北京のこれらの国の大使館を通して、台湾の加入に絶対反対するようにと、説得をするだろう。TPPには、全加入国が賛成しないと新メンバーは加入できないというルールがあるからだ」
APECには中国と台湾、それぞれが参加しているが・・・
――中国と台湾が同時加入するということではどうか。
「中国は国家だが、台湾は中国国内の一地域だ。だから、そのようなことは絶対に許されない。中国はあくまでも一つだ。
蔡英文(総統)は(総統に就任した)2016年以来、ただの一度も『一つの中国』やそれに両岸で合意した『92コンセンサス』を承認していない。そのような台湾を、TPPに入れることなど、絶対にできない」
――しかし、APEC(アジア太平洋経済協力会議)には、中国も台湾も別個に参加している。
「APECは、1991年に、李登輝(当時の台湾の総統)がどさくさに紛れて、中国が加入する際に、加入してしまったのだ。いまなら考えられない越権行為だ。あのようなことは二度と許さない」
夢よ、もう一度
――今回の中国のTPP加盟申請の背景には、何があったのか?
「一番おおもとにあるのは、いまからちょうど20年前の2001年12月に、WTO(世界貿易機関)に加盟した『成功体験』だ。当時、朱鎔基(しゅ・ようき)首相が断行した国有企業改革などで、中国経済は曲折していた。だがWTOに加盟したことで、21世紀の中国経済発展の基礎が築かれたのだ。
現在の中国も、新型コロナウイルスによって経済は曲折しており、当時と似た状況にある。そこでTPPに加盟し、『夢よもう一度』と考えているのだ。
幸い、『TPPの弟分』のようなRCEP(地域的な包括的経済連携)は、昨年11月に中国を含む15カ国で締結し、来年1月から発効する。中国はRCEPの中心的メンバーであり、続いてTPPにも入ろうということだ」
「多国間貿易のルールを決めるのは“大国”」
――日本では、中国の加盟について、悲観論が支配的だ。すなわち、国有企業の補助金、データ移動規制、政府調達規制などで、中国はTPPのハイレベルな開放規定をクリアできないという見方だ。
「その点については、世界の多国間貿易のルールを決めるのは大国だということを忘れてはならない。樹には幹があって、幹に葉がつき、鳥たちが留まるのだ。
この20年で中国経済は大きく成長し、2018年以降は世界最大の貿易大国だ。RCEP加盟15カ国中、中国のGDPは残り14カ国の総和よりも大きい。
同様に、仮にいま中国がTPPに加盟したら、中国のGDPは、日本を含めた残り11カ国の総和よりも大きい。つまり、加盟各国にはそれだけメリットが大きいということだ。だから多くの加盟国が、中国の参加を歓迎するはずだ。
ハイレベルな開放規定ということで言えば、WTOに加盟する時も、交渉に16年もかかった。だが加盟して以降は、徐々に中国中心の世界の貿易体制が築かれていった。
今後10年以内に、アメリカを抜いて世界最大の経済大国になる国を、周辺国が無視することはできない。わが国には、豊富な国際貿易交渉の経験もある」
――つまり中国は、既存のTPPルールに従う意思がないということか。
「そこは、これからの交渉のテーブルで決まってくることだろうが、少なくとも、日本がTPPの盟主、すなわち議長国に座っているのは今年12月までだ。来年は親中的な華人国家のシンガポールに移る。シンガポールを始め、ASEAN(東南アジア諸国連合)の参加国は、中国の参加に賛成している。
それに、『既存のルール』と言うが、TPPはアメリカが離脱した時点で、知的財産保護など、20項目を凍結してしまったではないか。『ルール』というのは、時代や状況に合わせて柔軟に議論していくべきだ」
「オーストラリアは政権が変わるたびに対中政策が変わる」
――中国は昨年4月以来、オーストラリアと「冷戦状態」にある。TPPに加盟するには、すべての加盟国の合意が必要であり、オーストラリアが反対している限り、中国は加盟できない。
「20世紀末の冷戦終結後のオーストラリアの一大特徴とは何か? それは、政権が変わるたびに対中政策が変わることだ。
9月21日、国連総会開催に合わせて首脳会談を行ったバイデン大統領とオーストラリアのモリソン首相(写真:AP/アフロ)
『ファクトで読む米中新冷戦とアフター・コロナ』(近藤大介著、講談社現代新書)
いまのスコット・モリソン政権は、中国に対して大変強硬だが、すでに8月に支持率は不支持率より低くなった。来年は総選挙が控えており、政権交代の可能性がある。もしくは、中国とケンカし続けることは得策ではないと、早晩気づくだろう」
以上である。TPPの議長国である日本が、中国と台湾の双方からの「ラブコール」を捌かねばならない立場に立たされた。
10月初旬に発足する日本の新政権はどう動くのか。1週間を切った自民党総裁選に新たな、そして重要なイシューが出てきた。