コラムニスト:Andreas Kluth

ロシアのウクライナ侵略戦争がどのような結末を迎えるのかは誰にも分からない。しかし、ほとんどのシナリオは悪いか、その悪いよりもさらに悪い展開をたどる。頭を整理するため、まずはプーチン大統領とネズミの逸話から考えてみよう。

  プーチン大統領は少年時代を振り返り、1匹のネズミをかつて廊下で追いかけた時の話をした。追い詰められたネズミは一転してプーチン氏に襲いかかってきたという。

  なぜプーチン氏は、この逸話がロシアウォッチャーの間で繰り返し語られるように仕向けたのだろうか。遠回しに脅しているという見方が大勢だ。つまり、プーチン氏自身がそのネズミであり、しかも核の爪を持っているのだから追い詰めるなよという暗黙のメッセージだ。

  最近のプーチン氏はどう見ても孤立し、自分の精神世界の中に閉じこもっている。旧ソ連時代の前任者らとは違って政治局もなく、信頼できるチェック・アンド・バランスも働いていない。1人で決断している。

  ネズミの目から見ると、廊下は八方ふさがりだ。それを踏まえた上で、以下の6つのシナリオを考えてみよう。

ウクライナ勝利

  ウクライナの英雄的な防衛努力が実際にロシア軍を撃退するとは軍事力から見て考えにくい。しかし、当然それは世界の大部分にとって好ましい結末だろう。傷を負いながらも勝利したウクライナは団結を深めた欧州連合(EU)と連携し、西側民主主義諸国との統合を加速させるだろう。北大西洋条約機構(NATO)は新たな目的意識を持つようになる。台湾に目を向けている中国は、自らトラブルを起こすことをためらうだろう。

  ウクライナの勝利はプーチン氏のプロパガンダのすべてを打ち砕く。敗北が政治的な死を意味することをプーチン氏は知っている。だからこそ、プーチン氏はこのシナリオが実現するのを許さないはずだ。引き下がる代わりに、次の3つの選択肢のうちの1つに進むだろう。

ロシア恐怖政治

  使用するのは通常兵器に限った上で、攻撃を劇的にエスカレートさせる恐れがある。それは基本的に、ウクライナを爆撃で屈服させることを意味する。民間人と軍人にすさまじい犠牲が生じるだろうが、プーチン氏は気にしないだろう。名目上は独立した傀儡(かいらい)国家として、あるいは大ロシアの一部としてウクライナを取り込み、ついでにベラルーシもそこに加えるかもしれない。

  ロシア国内とウクライナで反対意見を弾圧するため、プーチン氏はロシアの警察国家化を完了させ、言論の自由は完全に失われることになる。プーチン帝国は国際社会から永久に見捨てられ、世界には新たな鉄のカーテンが現れる。

アフガニスタン化

  それほど劇的には攻撃をエスカレートさせず、完全な敗北を避けるために必要な兵力だけをウクライナに送り込むかもしれない。そうなれば、かつてのアフガニスタンのようにウクライナは泥沼化しかねない。

  この場合も人的被害は甚大なものとなるだろう。ウクライナ人のみならず、ロシア軍の兵士、制裁の影響を受けるロシアの一般市民も打撃を被る。プーチン氏はクレムリンでの自分の地位が安泰である限り、それを気にかけることはないだろう。しかしネズミの目から見れば、泥沼が廊下の隅にいつまでも残るようなものだ。

核攻撃

  もしプーチン氏が本当に逸話の中のネズミだとすれば、少なくとも核の選択肢を考えるだろう。実際、すでにそれをちらつかせている。NATOやEUが自身を追い詰めたのだと主張し、いわゆる戦術核を1回もしくは複数回使った「限定的」な核攻撃に踏み切る可能性がある。

  この場合、プーチン氏は西側がウクライナのためにロシアに報復することはないと踏んでいるのだろう。なぜなら西側が報復すれば、より大きな「戦略」兵器による核の応酬を引き起こし、相互確証破壊(MAD)に至るからだ。しかし、ネズミがそうだったように、プーチン氏はそのリスクさえ冒しかねない。

ロシア革命

  より楽観的なシナリオもある。プーチン氏がプロパガンダと虚報で情報のカーテンを作り上げたとしても、同氏の無謀な侵略とその危険性を十分な数のロシア国民は理解している。彼らが反乱を起こすことはあり得る。それはアレクセイ・ナワリヌイ氏のような反体制派指導者を中心とした幅広い運動という形を取るかもしれない。あるいは、エリート層内部でのクーデターかもしれない。

  残念ながら、今のところはどちらの反乱も起こりそうにはない。それでも、国民の手によるロシア革命は他に比べて断然望ましい結末となろう。ロシアに新政権ができれば、今回の攻撃の責任をプーチン氏だけに押しつけることもできるだろう。ロシア軍は弱々しい印象を与えることなく撤退できる。国際社会はロシアが戻ってくるのを両手を広げて歓迎するだろう。ロシアを含む世界はより良い場所になる。

中国の介入

  2番目に望ましく、より説得力のあるシナリオは中国政府の関与だ。習近平国家主席が率いる中国はロシアの公式な同盟国ではないにせよ、米国主導の西側とにらみ合うパートナーではある。しかし、中国は自国を台頭する国、ロシアを衰退する国とみている。その点で習氏の目には、プーチン氏は役に立つこともあるが、荷物にもなり得ると映っている。

  中国は今回のプーチン氏の攻撃について深く葛藤している。他国の国家主権を侵害しているからだ。国家主権の問題は、仮に中国が台湾をのみ込む(習氏は台湾を中国の一部と見なしている)とすれば、米国に干渉しないよう要求する際に持ち出すであろう原則だ。そして比較的小規模ながら急速に核兵器を増やしている中国は、戦術核の使用とそれがもたらす世界の混乱を容認しないはずだ。

  中国にはプーチン氏を制止できるだけの影響力があるだろう。ロシア政府が必要とする経済的、外交的な命綱を引き抜くことは可能だ。同時に、廊下の奥にある秘密の出口をこっそり見つけることもできるだろう。結局のところ、追い詰められたネズミの対処は、それが危害を及ぼす前に逃がすのが最善の策なのだ。

(アンドレアス・クルス氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ハンデルスブラット・グローバルの元編集長で著書に「Hannibal and Me(原題)」など。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Six Scenarios for How Putin’s War Could End: Andreas Kluth(抜粋)