ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領が、軍や情報機関から正確な情報を得られずに軍事作戦に失敗しているとの観測が強まっている。長年の統治の中で絶対君主のような存在になり、真実を伝える側近がいなくなったとの見方がある。国防相との不仲説すら出ている。

 米国防総省のカービー報道官は3月30日の記者会見で、プーチン氏について「あらゆる場面でロシア国防省から十分な情報を伝えられていない」との分析結果を明らかにした。機密情報にあたるため根拠については説明しなかった。

 カービー氏は「侵攻が失敗していることをプーチン氏が理解していなければ、ロシアは停戦協議に誠実に取り組まない恐れがある」と語り、情報伝達の不備が停戦協議に与える影響に懸念を示した。

 米CNNも30日、侵攻の進展状況や対露制裁の経済的影響について誤った情報が側近からプーチン氏に伝えられていると報じた。カービー氏は、プーチン氏に上がる情報の全てを把握してはいないと断りつつ「そうした報道の本質的な内容に同意する」と述べた。

 ホワイトハウスのベディングフィールド広報部長は30日、「プーチン氏が『露軍によって誤った判断をさせられた』と感じているとの情報がある」と述べた。プーチン氏と軍幹部の間に緊張関係が続いているという。側近らが「怖くて真実を言えず、誤った情報を伝えている」と指摘した。

 米ワシントン・ポスト紙(電子版)は26日、軍事作戦の失敗でプーチン氏がショイグ国防相を「処罰した」との説を報じた。ショイグ氏の動静が3月11日以降、伝えられなかったためだ。ショイグ氏はプーチン氏が信頼する「側近中の側近」の一人とされてきた。この間、ショイグ氏について「行方不明」「プーチン氏に解任された」「心臓病を患っている」などの臆測を呼んだ。

 露大統領府は24日、ショイグ氏が国家安全保障会議の会合にオンラインで参加したと発表した。だがテレビ会議のモニターに姿が映っただけで、米ワシントン・ポスト紙は「さらに疑念が深まった」と指摘した。ペスコフ大統領報道官は「行方不明説」について「ショイグ氏は忙しい。メディアに割く時間がない」と火消しに追われた。ショイグ氏は26日になって、国防省の対面による会議に出席する様子が公開された。

 ウクライナ侵攻を巡り、プーチン政権内で「粛清」が始まったとの説も出ている。ラトビアに拠点を置く露独立系ニュースサイト「メドゥーザ」によると、情報・治安機関である連邦保安庁(FSB)の対外諜報(ちょうほう)部門のトップらが自宅軟禁されたという。「プーチン氏を怒らせるのを恐れ、聞きたいことだけを報告したことへの処罰」だとしている。

 プーチン氏に正しい情報が上がっていない、との米側の発表について、米ニューヨーク・タイムズ紙は「そうした機密情報が正確なのか、米露の情報戦の一環として、プーチン氏の周辺に不安を抱かせる意図があるのか分からない」と報じた。タス通信によると、ペスコフ露大統領報道官は31日、米側が「完全な情報を得ていない」と否定した。【鈴木一生(ワシントン)、杉尾直哉】

合六強(ごうろく・つよし)・二松学舎大専任講師の話

 プーチン政権に限らず独裁体制のもとでは、リーダーに現場の情報がきちんと伝わらず、リーダーが求める情報だけが伝えられることは十分、起こりうる。戦時であればなおさらだ。簡単に言えば「そんたく」で、現場が責任を負わされることを恐れるからだ。

 私たちは西側諸国の分析などさまざまな情報に基づいて戦況を知り、ロシア軍の短期決戦のシナリオが失敗し、多大な犠牲が出ていることを知っている。もしプーチン大統領が得ている情報に偏りがあれば、軍の犠牲や経済制裁の影響を過小評価し、私たちが思うより戦況を「絶望的」と思っていない可能性がある。

 そうなると停戦交渉にも影響があるだろう。交渉は現場での戦況と表裏一体だ。戦果が大きければ交渉で得ようとするものも大きくなる。たとえ現場レベルで落としどころを見いだせたとしても、プーチン大統領の認識が異なれば、クレムリンに持ち帰った時に承諾を得られないかもしれない。

 そうすれば戦闘が長引くことにもつながる。ロシア軍は軍事活動を東部に集中させると表明しながら首都キーウ(キエフ)近郊で攻撃を続けている。ロシアが首都制圧を本当に諦めるのかは、東部での戦況の推移とともに慎重に考えなければならない。

 今回の軍事侵攻の行く先はプーチン大統領次第だが、現状に対する彼の意図と認識についてわからない点が多い以上、そこから次の一手を予測するのは難しい。一つ一つの行動から見極めていく必要がある。【聞き手・五十嵐朋子】