稲島剛史、菅磨澄

物価上昇が続く中、2023年の春季労使交渉(春闘)の行方にかつてないほど注目が高まっている。日本経済の好循環を目指す岸田文雄政権は「アメとムチ」の政策を駆使して企業に対して積極的な賃上げへの圧力を強め、日本銀行も「賃金上昇を伴う形での物価上昇」を金融政策の正常化の条件に挙げており、今後の金融政策を占う上でも春闘の行方に関心が集まっている。

連合の中央総決起集会(2015年2月)Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

1.春闘はどのような流れで行われるのか?

  労働組合の全国中央組織「連合」が昨年12月に方針を決定した後、主要な産業別の労組が2月中旬までに統一要求項目などを機関決定する。さらに、大手を中心に企業別の労組が要求書を企業に提出し、労使交渉が始まる。3月中旬の大手企業の集中回答日を経て、中小企業を含め同月末までに概ね終結する。

2.労働組合や政府はどの程度の賃上げを求めているのか?

  連合は昨年12月、「2023春季生活闘争方針」で基本給を一律で底上げするベースアップ(ベア)で3%程度、定期昇給に相当する分を含め5%程度の賃上げを掲げることを決めた。政府側では岸田首相が年頭会見で「インフレ率を超える賃上げ」を求めたほか、西村康稔経済産業相は1月の会見で、高収益企業には「5%、さらにはプラスアルファの賃上げを期待したい」と発言している。

3.経営側の反応は?

  経団連は1月に公表した春闘の経営側の指針「経営労働政策特別委員会報告」で、賃上げは「企業の社会的責務」であり、積極的な対応を呼びかけていくとした。しかし、連合の求める5%目標に対しては14年以降の賃上げ結果と比べ大きく乖離しており、「慎重な検討が望まれる」と消極的な姿勢をにじませた。

4.春闘の賃上げ率はどの程度になると見込まれているのか?

  日本経済研究センターの調査によると、春闘賃上げ率は民間予想平均で2.85%(ベア1.08%、定昇1.78%)となっている。厚生労働省のデータによれば、この民間予測が実現した場合、1997年以来の高水準となる。民間主要企業の賃上げ率が最後に5%を超えたのはバブル経済の余韻が残る1991年だ。

6.春闘はどの程度の波及力があるのか?

  波及力は限定的だ。厚労省によると、労組の加入率は昨年6月時点で16.5%と過去最低。多くの組合が正社員を対象としており、派遣社員やパートタイム労働者といった非正規雇用が増加していることが一因だ。

  また、かつての春闘では「パターンセッター」と呼ばれる先導役の労組が賃上げを獲得し、それが他の労組や中小企業などに波及していく形だった。近年はパターンセッター不在と言われ、けん引役の主軸を担っていたトヨタ自動車はベア額を非開示としており、外部からは実態が見えにくい状況が続いている。

  大手企業の間では積極的な賃上げの動きが広がる一方、城南信用金庫などが中小企業738社に対して行った1月の調査によると、7割以上が今年は賃上げの「予定なし」と回答している。大同生命が9238社の中小企業経営者を対象に行った調査でも、「賃上げする(賃上げ済み)と回答した企業は34%にとどまった。

  他社の賃上げ動向を重視する企業は減少傾向にある。厚労省の調査では、賃金改定の決定の際に重視する要素として「企業の業績」が最も多く挙げられる傾向が長年続いている。「世間相場」を重視するとした企業は、直近の調査ではわずか3%にとどまった。

6.政府はどういった取り組みをしているのか?

  岸田政権は口先介入だけにとどまらず、「アメとムチ」の手法で賃上げを推進しようとしている。日本の雇用の約7割を占める中小企業の賃上げとその原資確保には価格交渉や転嫁が欠かせないとして、後ろ向きな企業の実名公表に踏み切るなど「ムチ」を駆使している。

  半面、日本生命保険ニトリホールディングスなど賃上げに積極的とされる企業のトップには、西村経産相がその取り組みを称賛するなど「アメ」を与えた。より実質的な支援策としては、給与などの支給額を増加させた場合に、その一部を法人税から税額控除できる制度の拡充なども行っている。

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