Rich Miller
- 53年ぶりの低失業率でも、賃金の伸びは鈍い「悩ましいミステリー」
- 賃金伸び悩みはソフトランディングへの一歩前進、歓迎する見方も
パウエル議長ら米連邦準備制度理事会(FRB)の当局者は、ある謎解きに苦戦している。雇用市場がこれほどタイトなのに、なぜ賃金の伸びは鈍くなっているのか。雇用と経済に大きなダメージを与えずにインフレを沈静化するという連邦公開市場委員会(FOMC)の狙いが成功するかは、この謎を解けるかどうかに大きく左右される。大統領経済諮問委員会(CEA)のバーンスタイン委員は、このパラドックスを「悩ましいミステリー」と表現した。
パウエル議長はインフレリスクの根源として、医療ケアからレストランに至るサービス産業の労働コストを重視している。こうした物価圧力を和らげるには、雇用市場に深刻なダメージが及ぶのは避けられないとみるエコノミストは多い。
リバーススパイラル
しかしここに来て注目され始めたのは、賃金物価のリバーススパイラルとも言うべき別のシナリオだ。パウエル議長が悲願の「ソフトランディング(軟着陸)」を達成する最良のシナリオとなり得る。
ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミスト、マーク・ザンディ氏によれば、賃金の伸び減速は労働者と雇用主両方のインフレ期待が低下したためだ。ガソリン価格の低下や積極利上げで想定される影響を反映した生活コストの先安観が賃金要求を押さえ、FOMCとしては雇用市場に大きな下押し圧力を加える必要性が低下するという考え方だ。
4000万人以上の求人応募者が昨年利用した雇用マッチングサイト、ジップリクルーターのリードエコノミスト、サイネム・ブーバー氏は「失業率の大幅上昇を伴わない賃金の伸び悩みは、ソフトランディングへの一歩前進だ」と話した。
仮説
別の仮説として、ジェーソン・ファーマン元CEA委員長は、賃金物価の膠着(こうちゃく)を指摘する。労働コストがピークを過ぎても、圧倒的な労働力不足から賃金の上昇とインフレは継続するという論理だ。この場合、政策金利のさらなる引き上げが必要となり、最終的には景気縮小のリスクは高まる。
JPモルガン・チェースのチーフエコノミスト、ブルース・カスマン氏はインフレ目標を達成するには「いずれリセッションが必然となる」と指摘。FOMCが重視する雇用コスト指数は3四半期連続で伸びが鈍化。平均時給の伸びも1月に前年比4.4%と、昨年3月の同5.9%から落ちている。一方で失業率は1969年以来の低水準にあり、求職者の2倍に近い求人件数がある。
1年前に賃金を押し上げた急激な物価高が一段落したため、賃上げの要求も和らぐはずだとムーディーズのザンディ氏はみている。リセッションを回避できる確率は50%以上で、雇用市場はタイトではあるものの一部のエコノミストが主張するほどではないというのが同氏の見方だ。就労適齢労働者の雇用率は80%と、完全雇用に整合するもののそれより高いわけではないという。
サマーズ元米財務長官はエコノミストのアレックス・ドマッシュ氏と共同執筆したVoxEUのコラムで、最近見られる賃金の伸び悩みは、対面式職業の敬遠といった、新型コロナウイルスの流行に起因する一時的ショックが薄れたことが一因としている。それでも賃金の伸びが2%のインフレ目標と整合する水準を超えているのは、雇用主が労働者の確保と慰留で賃金を上げるからだという。
インディード・ハイアリング・ラボの経済調査責任者ニック・バンカー氏も、サービス産業を中心としたタイトな労働市場を考慮すれば、賃金の伸びがコロナ禍前の水準に戻るのは疑わしいとみている。雇用ブームは落ち着いたものの、働き手争奪戦が「賃金の高い伸びを維持するだろう」と語る。
シティグループのグローバルチーフエコノミスト、ネイサン・シーツ氏は旅行業などのサービス部門で消費の巻き返しがまだ続く可能性を指摘。過去に米財務省やFRBで要職を務めた同氏は、2月10日付のリポートで「今のインフレ圧力はその大きな部分がサービスセクターに由来しており、中央銀行には難しい課題となりかねない」と論じた。FOMCは25ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)の利上げをあと3回実施し、今年下期には経済がリセッションに陥るとシーツ氏は予想している。
来週は半期に一度の議会証言で、パウエル氏から最新の見解が示される。
原題:Best Bet for Fed’s Soft Landing Is a ‘Reverse Wage-Price Spiral’(抜粋)