Ben Winck, Francesco Guerrera

[ワシントン 25日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 米連邦準備理事会(FRB)の急激な利上げにより、米国は景気後退に陥り、失業率は跳ね上がる――。何カ月も前から警戒されていたこのシナリオとは裏腹に、FRBは今のところ成長を損なうことなくインフレ抑制に成功している様子だ。エコノミストはこの驚くべき状況を「無原罪のディスインフレ」と名付けた。これは経済史や経済学理論を揺るがすとともに、パウエル議長率いるFRBが次の一手を考える上で悩ましい問題を突きつけそうだ。

FRBが政策金利を17年ぶりの高水準である5.25%まで引き上げたにもかかわらず、失業率はコロナ禍前と同じ3.6%前後で推移し、国内総生産(GDP)も2%前後の健全な成長率を保っている。その一方で、消費者物価(CPI)の前年比上昇率は6月に3%まで低下した。

こうした良好な状態に至った理由は主に2つ考えられる。1つは、金融政策が実はまだ十分に引き締まっていないことだ。UBSのエコノミストの推計によると、政策金利のフェデラルファンド(FF)金利は、インフレ率を差し引いた実質金利で見ると今年に入ってやっとプラスに転じたばかりで、現在は約0.5%となっている。経済活動を強力に抑制するには不十分な水準だ。

2つ目の理由は、家計と企業のバランスシートが良好であることだ。これはコロナ禍に伴い、トランプ前政権とバイデン現政権が巨額の財政刺激策を実施したことに一因がある。この結果、例えば家計が現在、可処分所得から債務返済に充てている割合はわずか9%と、約40年ぶりの低水準となっている。

景気が強ければ通常は物価に上昇圧力がかかるものだが、インフレ率は昨年6月の9.1%をピークに徐々に下がり、現在はFRBの物価目標2%まであと1%ポイントのところに来た。

エコノミストは、この奇妙な組み合わせの説明に苦慮している。1つの仮説は、コロナ禍により通常の景気サイクルが覆されたというもの。つまり大きな好況と不況のリズムではなく、一時的なインフレ爆発の波が次々と米経済に押し寄せたという仮説だ。

最初の波はロックダウン下でサプライチェーン(供給網)が混乱したことに伴う、商品の需給ひっ迫が招いたものだった。続いて経済が再開すると人々が旅行や外食、コンサートに殺到し、サービス価格を押し上げた。その盛り上がりが平常に戻るにつれ、インフレは自然に収まったと考えられる。

第2の仮説は、金利上昇と失業増加の関係が断ち切られたというものだ。その一因は、企業が次の好況に備えて労働者を「囲い込んで」いることにある。

聖母マリアの「無原罪の御宿り」を信じるかどうかがキリスト教徒の信仰を問うのに似て、「無原罪のディスインフレ」は今、エコノミストの信条の堅さを試している。経済学を堅く信じる者は、金融引き締め効果がまだ全面的に現れていないこと、もしくは、さらに引き締めを続ければ労働市場と経済は打撃を被るはずだ、という事実を受け入れざるを得ない。

FRB幹部らもまた、居心地の悪い「辺獄」に置かれている。

インフレ圧力が本当に鎮まったという確証があるわけでもない。国際決済銀行(BIS)は6月、「物価安定への道のりは、最後の1マイルが最も厳しい」と指摘した。これまでのインフレ鎮静化は、サプライチェーンの改善とコモディティー価格の下落によるところが大きいからだ。

金融市場は良好なシナリオを予想している様子で、25─26日の連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げが打ち止めとなり、早ければ来年3月に利下げが始まるとの見方を織り込んでいる。

パウエルFRB議長はしばしば記者会見で、FOMCの決定は最新の経済動向次第で決まると説明してきた。しかし今のところ、今回のインフレとの闘いは過去との共通点が乏しそうだ。ディスインフレの「無原罪」度合いが薄れるまで、FRBは歴史に学ぶか、それとも過去1年間に学ぶかという「不敬な」選択を突きつけられることになる。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)