伊藤純夫、藤岡徹

  • 不連続性回避にも植田総裁が言及、極めて慎重に正常化進める可能性
  • YCC見直しで長期金利上限も注目、ETFは新規購入停止の公算大

日本銀行が世界で唯一続けるマイナス金利政策に終止符を打ち、17年ぶりに利上げする時期が近づいている。大規模金融緩和からの正常化プロセスの骨格が、植田和男総裁ら幹部の最近の発言などから次第に浮かび上がってきた。

  そのキーワードは、植田総裁が1月の記者会見で言及した「金融政策運営の不連続性の回避」と「緩和的な金融環境の維持」だ。現在の日銀の経済・物価見通しを前提にすれば、米欧のような連続的な利上げは想定されず、賃金・物価や市場の動向をにらみながら、極めて慎重に正常化が進められる可能性が大きい。

マイナス金利  

  2016年1月のマイナス金利導入以降、短期政策金利の目標は当座預金の超過準備の一部に付利されるマイナス0.1%となっている。その解除は政策正常化の象徴と言え、新たな短期金利の誘導水準やその後の利上げペースが注目される。

  内田真一副総裁は8日の講演で、マイナス金利導入前は0.1%の付利の下で無担保コールレートが0-0.1%の範囲で推移していたと説明。仮に導入前に戻すとすれば「現在の無担保コールレートはマイナス0.1-0%なので、0.1%の利上げになる」とし、解除の際には市場金利をプラスの領域でゼロ%に近い水準に誘導する可能性を示唆した。  

  巨額の超過準備の下で市場金利を誘導するには付利での調整が不可欠で、今後の利上げ局面では付利を引き上げていくことになる。マイナス金利の適用を限定的にするため、当座預金をマイナス0.1%、0%、プラス0.1%の付利で区分けしている3層構造は役割を終える。

relates to 浮かび上がる日銀の正常化プロセス、キーワードは「緩和環境維持」
内田副総裁が講演で示した政策金利の市場予想Source: Bloomberg

利上げペース

  植田総裁は1月の会見で、マイナス金利を解除する際にはその後の金利の経路も考慮して判断するとし、現在の経済・物価見通しを踏まえれば「大きな不連続性が発生するような政策運営は避けられるのではないか」と語った。1月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)を前提にすれば、断続的な利上げは不要との見立てだ。

  同リポートの見通しは、先行きの金融政策について各政策委員が「市場の織り込みを参考にして」作成する。内田副総裁が講演で示した政策金利の市場予想は2年後で0.5%程度だ。緩やかな利上げでも、物価は目標の2%を上抜けて上昇を続けていく姿にはなっていない。

  内田副総裁は講演後の会見で、政策金利の市場予想についての評価は差し控えるとし、利上げの幅やペースは「経済・物価情勢次第」と繰り返した。UBS証券の足立正道チーフエコノミストは、市場予想を講演で示したこと自体が重要なメッセージとし、「日銀がマーケットの見方を是認しているということだ」とみる。

BOJ real yield
内田副総裁が講演で示した実質金利Source: Bloomberg

YCC

  日銀はイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の枠組みの下で、長期金利の目標をゼロ%程度、上限のめどを1.0%に設定している。2%物価目標の持続的・安定的実現が見通せる状況になれば、YCCの撤廃や修正も検討され、長期金利の誘導目標や上限などの取り扱いが焦点となる。

  内田副総裁は講演で、実質金利が短期・長期ともに大幅なマイナスであることに言及し、「この状況が大きく変化することは想定されていない」と語った。その際に用いた図表では、足元の長期のインフレ期待は1%半ば。実質金利をマイナスに維持するため、この水準が当面の長期金利の上限として意識される可能性がある。

  長期金利の急上昇回避に向け、引き続き上限を明示するか、上限を廃止した上で国債買い入れの量などの方針を示すことが想定される。内田氏が指摘した「市場の自由な金利形成」と国債購入額や長期金利水準に「不連続が生じないこと」とのバランスに配慮した金融市場調節(オペレーション)が必要となる。

フォワードガイダンス

  マネタリーベース(資金供給量)に関して、生鮮食品を除く消費者物価の前年比上昇率が「安定的に2%を超えるまで拡大方針を継続する」としたオーバーシュート型コミットメントは撤廃が見込まれる。昨年12月まで21カ月連続で2%を超えており、目標実現が見通せた段階でコミットメントの達成と評価される可能性がある。

  植田総裁は、現在では多くの中央銀行が採用している金融政策のフォワードガイダンス(先行き指針)の発案者でもある。マイナス金利の解除後も緩和的な金融環境を維持していく方針などに関し、指針で明確化してくるかも注目される。

ETF

  植田総裁はETF買い入れについて、物価目標実現が見通せる状況になった時点で「引き続き買うかどうかを検討する。やめるかどうかはその時点の情勢次第だ」と1月の会見で発言。内田副総裁は講演で、不動産投資信託(JーREIT)を含めて「大規模緩和を修正する時には、この買い入れもやめるのが自然だ」と踏み込んだ。

  昨年の買い入れ実績はETFが3回、J-REITはゼロ。今年は実施されていない。内田副総裁は仮に終了しても「市況等への影響は大きくない」と講演で述べており、日経平均株価が過去最高値に迫る中、新規購入は停止が見込まれる。

  焦点は昨年9月末の簿価が37兆円、時価で60兆7000億円に達した保有ETFの取り扱いだ。内田副総裁は「非常に大きな規模であり、時間をかけて検討していく必要がある」としており、売却を含めた処分は当面、見送られることになりそうだ。