佐野日出之
34年ぶりに史上最高値を更新した日経平均株価。バブル期には世界の金融市場の歴史の中でも超割高水準まで買われ、その後のデフレ期は世界で最も割安な水準まで売られるなど激動をくぐり抜けてきた。日本経済が長年のデフレを脱し、企業経営者の株主還元に対する前向きな姿勢を評価する足元の上昇は、日本株が異常から正常に戻った証しでもある。
中国をはじめ新興国が高度成長を遂げる中、低成長を続けた日本は長期にわたりグローバル投資家から見放されてきた。しかし、デフレ脱却への期待が高まる中、投資家は日本経済が安定的に名目成長率の伸びを実現できる環境になってきた可能性を織り込み始めている。
住友生命バランスファンド運用部の村田正行担当部長は、インフレ環境に変わる中、「日本企業は今までのデフレの縮み志向からインフレの普通の国になる過程で、いろいろなポテンシャルが残されている」と指摘。「売り上げが減るから固定費を減らす世界から、経費も上がるが、売り上げも伸びる世界への転換の一歩」だとみている。
世界銀行のデータによると、1989年の世界の株式時価総額に占める日本の割合は37%と、米国の29%を上回る世界最大の市場だった。しかし、CLSA証券チーフストラテジストのニコラス・スミス氏が「人類史上最大のバブル」と指摘したように、中身は財テクブームに支えられ、実体経済にそぐわぬ割高で異常な相場。バブル崩壊による資産価格の暴落で1000兆円の国富が消えたと言われるなど禍根を残し、日本が長期低迷する原因となった。
80年代バブルの高値に迫る日本株市場、脱デフレや企業改革に確信増す
30年以上かけて複雑に絡み合ったマイナスの糸を解きほぐしたことで、ようやく海外市場と同じ目線で判断される市場に変わってきた可能性が高まっている。安倍政権下で始まり、10年の時を経て日本企業の間に徐々に浸透してきたコーポレートガバナンス(企業統治)改革は海外投資家も評価する材料の一つだ。
ウクライナ紛争後に高まったインフレも、当初は一過性の動きとの見立てが多かったものの、オイルショック以来数十年ぶりの規模で値上げラッシュが起きた結果、企業や消費者心理も変化。今年の春闘では昨年を上回る大幅な賃上げが見込まれ、日本経済の足かせだったデフレ解消の道筋も見えてきている。
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日経平均は今年に入り17%上昇し、主要国の株価を大きくアウトパフォームする状況だ。多くのストラテジストは、従来予想していた年内の高値めど3万7000-3万8000円どころを上回ってきたため、目標株価を引き上げる動きが相次いでいる。
主要証券会社の中では最も早い2018年から日本株に対する判断を「買い」としてきた米モルガン・スタンレー証券は、アベノミクス以降に企業のガバナンス改革が徐々に進み、利益が着実に上昇してきたことを素直に反映した結果だと説明した。
チーフ・アジア・新興国株式ストラテジストのジョナサン・ガーナー氏は「ガバナンス改革には時間がかかる。グローバル投資家がそれを理解するのにもまた時間がかかり、ようやく今その段階に達した」と話す。引き続き日本株については、主要市場の中で最大のオーバーウエートにしているという。
昨年来の大幅な上昇を経ても、日本株は依然として割安な状況だ。日経平均構成銘柄の4割近い企業の株価純資産倍率(PBR)は1倍を下回り、PBR1倍割れ企業の割合は米S&P500種株価指数の3%、ストックス欧州600指数の2割程度より圧倒的に多い。日本株全体の平均も1.4倍と、米国の4.7倍に遠く及ばない低水準にとどまっている。
「漁夫の利」の反動リスク
ただし、先行きには警戒が必要な点もある。これまでの日本株に対するグローバル投資家の資金流入は、不動産市場をはじめ経済の低迷が深刻な中国株の魅力が後退した結果、「漁夫の利」を得た面も大きい。中国株が底打ちすれば、一部の投資資金は日本から流出する可能性がある。
実体経済も昨年後半から停滞しており、15日に発表された昨年10-12月期の実質国内総生産(GDP)は予想に反し2期連続のマイナス成長と、目先の後退局面入りを指すテクニカルリセッションとなった。
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また、フィリップ証券の増沢丈彦株式部トレーディング・ヘッドは、完全なモメンタム(勢い)相場で買い遅れに対する恐怖感が強く、節目となる高値を超えた日経平均の「モメンタムに乗らないといけない焦燥感がある」と指摘。大型株中心に買いが買いを呼ぶファンダメンタルズと乖離(かいり)した相場は、いったん止まれば逆流する可能性は否定できない。
ガバナンス改革期待
こうした懸念材料を消化しつつ、株高の流れが続くにはガバナンス改革への投資家の信頼が続くことが一つの条件となりそうだ。東証の要請で上場企業は資本コストと株価を意識した経営を迫られており、3月期企業が本決算を発表する4-5月ごろまでは期待感が続く可能性がある。東証だけでなく、物言う株主(アクティビスト)からも株主還元の要求が活発化しており、企業が自社株買いや増配、合併・買収(M&A)に動くことがあり得るためだ。
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バブル崩壊で銀行の貸し渋りや過剰債務の返済に苦しんだ日本企業はデフレ下で現金をため込む体質が染みつき、キャッシュフローは潤沢だ。日経平均構成銘柄の約3分の1(金融機関除く)で現金など手元流動性が有利子負債を上回っている。この比率は米S&P500種の約2倍となっている。
さらに、外国為替市場の円相場は実質実効レートで1970年代以来、半世紀ぶりの安値圏にあり、国内企業の輸出採算は改善している。日経平均のこれまでの最高値だった89年当時の時価総額上位は銀行が占めていたが、現在はトヨタ自動車やソニーグループ、ファーストリテイリング、東京エレクトロンなど海外で稼ぐ力の大きい企業が並び、リード役の多様化は相場の足腰を強くさせている。
大和証券グループ本社の中田誠司社長は、日経平均が「象徴的な数字を超えたということは、日本がいろいろな意味で大きく変わる、変わった証し。非常に意義は大きい」と語り、「株価収益率(PER)の観点からバブルの時とは全く違う。過熱感がない中で冷静な判断の下に付けた株価だ」との認識を示した。
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