▽コラム:「もしトラ」で膨らむインフレ懸念とドル安志向の行方=上野泰也氏<ロイター日本語版>2024年2月27日午前 7:51 GMT+9

上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト

コラム:「もしトラ」で膨らむインフレ懸念とドル安志向の行方=上野泰也氏

[東京 27日] – 今年11月に行われる米大統領選挙の共和党候補指名争いで大きくリードしているトランプ前米大統領は、2月23日のサウスカロライナ州における選挙集会で、自らが勝利して2期目の政権を発足させた場合、1期目で実現させたものの2025年末に期限切れとなる「トランプ減税」をそのまま延長あるいは恒久化するのでなく、減税規模を拡大する構想を口にした。「追加減税を行い、今まで見たことがないような全く新しいトランプ経済ブームを起こすため、誰もが最大級の減税を受けることになる」と述べていた。

「トランプ減税」は17年12月に成立した大型減税で、連邦法人税の35%から21%への税率引き下げ海外子会社からの配当課税廃止所得税の最高税率の39.6%から37%への引き下げ概算控除倍増などを主な内容とする。レーガン政権による1986年の大型減税以来の抜本的な税制改革である。

トランプ陣営はこの減税の恒久化を計画しているとこれまで断続的に報じられていたが、トランプ氏自らがその拡大を公の場で口にした。「ウォール街を味方につけること」に、その狙いがあることは明らかだろう。

16年の大統領選でトランプ氏の勝利が明らかになり、東京市場の取引時間帯では「リスクオフ」の株売りが広がったものの、その後の米国市場では減税公約が買い材料になって株価が上昇したことが想起される。

一方のバイデン政権は、「トランプ減税」を縮小したいようである。イエレン財務長官は1月25日、再選されればバイデン大統領は年収40万ドル未満の個人に限定した減税延長を議会に求めるだろうと記者団に述べた。中間層以下の支援は続けるものの、富裕層の減税は打ち切る構えである。

<トランプ減税の財源と関税引き上げ>

24年の金融市場における大きな注目材料を2つだけに絞って挙げるなら、1)米連邦準備理事会(FRB)の利下げ、2)米大統領選の結果──になる。

そして、おそらく「バイデン対トランプ」の再戦となる後者でバイデン大統領が再選される場合、FRBの独立性が尊重されて、2)による1)への直接の影響はない。

これに対し、トランプ前大統領の返り咲きが決まる場合には、さまざまな政策が25年1月の政権発足後に断層的に変化する中で、1)への直接・間接の影響は非常に大きなものになり得る。26年5月に任期が満了するパウエルFRB議長の後任問題も、市場の大きな関心事になってくる。

上下両院の新たな勢力分野にもよるが、仮に「トランプ減税」が拡大された上で延長ないし恒久化される場合には、米国の連邦税収が大きく減少する要因になる。これに対する穴埋め財源の柱になるのではないかと言われているのが、税率10%の一律輸入関税、および中国からの輸入品に特別に課される60%以上の関税である。

米国の23年の輸入額(財とサービスの合計)は3兆8269億ドル(国際収支ベース)。うち財は3兆0841億ドル(通関ベース)である。

仮に、単純に10%の関税を新たにかけるとすれば、年間3000億ドル規模の財源になる計算で、これに中国からの輸入品に関する分が上乗せされる。

だが、2国間交渉などを経て、除外品目が少なからず出てくることが予想される。すでに課されている関税の取り扱いも問題になるだろう。減税拡大と関税増税の差し引きがどうなるのかは、現時点では判然としない。

<トランプ大統領ならインフレ再燃か>

それよりも問題になるのは、そうした輸入品に対する関税の上乗せが、緩やかながらも落ち着きを取り戻しつつある米国のインフレ率を、再度押し上げる可能性だろう。

さらに、トランプ陣営には、米国内に1100万人程度いるとされる不法移民の徹底摘発・大規模収容・国外退去を強行するプランがあると報じられている。そうした措置は雇用市場において、サービス産業を中心に需給の逼迫を招き、賃金上昇率の再加速を通じて、米国のインフレ率を押し上げる圧力となる可能性が高い。

難しいのは、FRBの対応である。インフレ率が鈍化するのではなく、再加速するとなれば、秋までにおそらくすでに始めているとみられる利下げを急きょ打ち切って、利上げを再開せざるを得なくなる。この点で言えば、為替市場ではドル高が進みやすい。

けれども、トランプ氏は大統領在任中、パウエル議長に対して執ように利下げを迫った経緯がある。また、彼はドル高が大嫌いである。

減税拡大による景気過熱、輸入関税や不法移民国外退去による物価上昇圧力は、FRBにインフレ対応の利上げを促す。そして、そうした利上げが続けられるとなれば、米国株は大幅に下落すると予想される。トランプ返り咲きへのご祝儀相場的に、選挙結果の判明直後には米国株が上昇するとしても、その先は大いに波乱含みである。

米債券市場のプレーヤーも、難しい対応を迫られる。インフレ加速・FRBの利上げは大きな売り材料で、米国債利回りは急上昇するおそれがある。

返り咲きを決めたトランプ氏がFRBに利下げを促すトークを繰り返すケースでは、政治からの中央銀行の独立性が問われる形になるため、FRBが利下げ要求に安易に屈することはないと考えられる。

だが、トランプ氏の2期目の政策と正面からぶつかり合うような利上げを淡々と実行していけるかどうか。パウエル議長の「胆力」がどの程度のものかを、市場参加者は見極める必要が出てくる。

為替市場もまた、やっかいなステージに足を踏み入れる。「トランプ減税」拡大やFRBの利上げが見込まれれば、ドル買い材料になる可能性が高い。

しかし、「ビジネスマン的な政治家」であるトランプ氏は以前から、ドル高を強く嫌う傾向がある。大統領在任中の19年夏には、米財務省がドル高是正を目的としてドル売り介入に動く、と市場が疑念を抱く場面もあった。

トランプ氏が今秋の選挙で大統領への返り咲きを決める場合でも、合衆国憲法の規定で大統領3選は禁止されているので、25年1月に発足する2期目が最後になる。次の選挙のことを考える必要がない分、やりたい放題になるのではないかと危惧する向きもある。

「トランプリスク」はどう展開していくのか。現時点では、正解は誰にもわからない。各市場で相場のボラティリティーが高くなることだけは確かだろう。

編集:田巻一彦

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。