Benjamin Stupples、浦中大我

  • 英シルチェスターは長年、日本株投資で目立たない行動
  • 最近は投資先の経営陣に変化を求めて公に意見

スティーブン・バット氏率いる英資産運用会社シルチェスター・インターナショナル・インベスターズは過去30年近く、ほとんど目立たない行動をしてきた。ウォーレン・バフェット氏の伝統を引き継ぐ長期投資家として、自らが注目を集めなければならない理由はほとんどないとの姿勢だった。

  シルチェスターは、世界の一部優良企業の株式をひっそりと購入し、その価値が高まるのを見守り、1900%を超えるリターンを積み上げた。モルガン・スタンレーの元バンカーであるバット氏は、その過程で大富豪になったが、投資業界関係者も一般の人も、大成功を収めたシルチェスターからの情報発信を耳にすることはほとんどなかった。

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スティーブン・バット氏(2005年)Photographer: Leon Neal

  400億ドル(約5兆9000億円)余りの資金を運用するシルチェスターは最近、投資先に変化を求めて公に意見することが増えている。

  シルチェスターの最大の投資先市場の一つである日本では、資本配分の改善と株主還元の増加を企業に求めている。同社の要求は、保守的な地方銀行などの投資先の注意を引いた。

  シルチェスターは通常、公の場で目立つ行動をしないが、極端なケースではそうすることもあると、同社の担当者はコメント。過去に他社に対しても同じことをしてきたと付け加えた。同社がメディアにコメントを提供するのはまれだ。

  シルチェスターは、運営方法は何も変わっていないとしているが、同社の動きおよび企業側の対応は、日本の株式市場がどのように進化しているかを示す例の一つだとアナリストらは受け止めている。約10年前に始まった企業統治ルールの見直しにより、最高経営責任者(CEO)は株主の声により耳を傾けるようになった。これは日経平均株価が先月、1989年に記録した最高値をついに更新する大きな理由の一つにもなった。

  マネックスグループの専門役員、イェスパー・コール氏は、日本企業が自社株買いや増配を求める声に「今や聞く耳を持つようになっている」と指摘。「何かを解除するのに時間がかかることは従来の日本と変わらないが、いったんコンセンサスが得られれば、ボールはすぐに動き出す」と述べた。

京都銀や大林組に特別配当を要求

  シルチェスターは1995年から日本に投資している。以前は非公開の形で投資先の経営陣に変化を迫ることがほとんどだったが、2007年に自動車用品販売のオートバックスセブンによる転換社債型新株予約権付社債の発行差し止めを求めて東京地裁に提訴するなど、時には公に要求することもあった。当時のオートバックスの発表によると、この要求は裁判所に退けられた。

  シルチェスターは22年に日本企業に対する一連の株主提案に着手。京都銀行を含む地銀4行に特別配当を求めた。日本では1%以上の株式を6カ月以上保有する株主に株主総会の議案請求権が認められる。

  それまで株主提案を受けたことがなかった京都銀行は、弁護士ら専門家と協議した結果、提案に反対することを決めた。これに対し、06年から株式を保有してきたシルチェスターは、同行の対応は「認識の甘さと財務的洞察力の欠如を示すものだと考える」とのコメントを発表した。

  シルチェスターは、京都銀が株主や自行に利益をもたらすことを目的としておらず、経営陣の安心材料としての資産を留保しようとしていると主張。地域金融機関は、中核の銀行業務からの利益の半分と、保有株式からの配当収入の全てを株主に還元すべきだとした。

  シルチェスターの提案は株主総会で否決された。

  シルチェスターは昨年、京都銀に特別配当を再び要求し、自社株買いも求めた。総合建設(ゼネコン)大手の大林組に対しても特別配当を求めた。これら提案も株主総会で否決された。

  今、注目されているのは、シルチェスターが今年の年次株主総会シーズンに提案を行うかどうかだ。多くの日本企業は6月に年次総会を開催し、今後数週間で株主提案が発表される見込み。

  京都銀を中核とする金融持ち株会社、京都フィナンシャルグループの土井伸宏社長はインタビューで、「われわれの考えを引き続き説明したいし、先方の考えもちゃんと聞きたい」と語り、「敵対的に考えていない」とした。

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京都フィナンシャルグループの土井伸宏社長Source: Kyoto Financial Group

  大林組の広報担当者は株主とのコミュニケーションについてコメントを控えた。同社は昨年5月の発表資料で、特別配当の提案への反対は「中期経営計画の成長戦略を阻害する」ためだと説明した。

  ただ、大林組の株価は今月5日、20%余り急騰した。資本政策を見直し、中期経営計画の最終年度である27年3月期までに自己資本利益率(ROE)10%の達成を目指すと発表したことがきっかけ。

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  シルチェスターが22年4月に最初の提案を行う計画を明らかにして以来、京都FGの株価は2倍余りに上昇。ブルームバーグがまとめたデータによると、シルチェスターは京都FGの株式6.6%を保有する筆頭株主。

  シルチェスターは「アクティビスト(物言う投資家)」ではないが、投資先企業がどのように経営されているかに強い関心を持っていると、同社の担当者は説明した。

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  いずれにせよ、シルチェスターが保有する日本株の価値は急上昇している。円安の進行が輸出企業の利益を押し上げており、日本国内ではインフレがようやく定着しつつある。ブラックロックのラリー・フィンクCEOやバフェット氏ら投資界の大物が東京を訪れ、日本市場を持ち上げる発言をしている。

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  だが、長年の日本ウオッチャーは、シルチェスターの動きにも同様に関心を寄せている。

  シルチェスターを「ディープバリュートレーダー」と呼ぶみずほ証券の菊地正俊チーフ株式ストラテジストは、「エンゲージメントは水面下での交渉、しかもソフトエンゲージメントだ。ここでプッシュすれば地銀が変わるのではと思って株主提案したのかもしれないと推測する」と語った。

「バリュー投資の父」の影響

  オックスフォード大学を卒業したバット氏(73)は、1990年代にロンドンでモルガン・スタンレーの資産運用業務に携わり、最高投資責任者などを務めた。

  1994年にモルガン・スタンレーの元同僚とシルチェスターを創設。社名は古い英国の村から取った。米国外の過小評価されている企業の株式を購入するといったモルガン・スタンレー時代と同様の投資アプローチを採用した。

  シルチェスターは財団や年金基金、富裕層などから資金運用の委託を獲得。事情に詳しい関係者によれば、現在もほとんどは米国の顧客だ。情報が公になっていないことを理由に匿名で語った。

  マイケル・ビンズ氏は、2008年にテキサス工科大学に提出したシルチェスターに関するアナリスト説明ノートで、「国際株式投資だけに集中することで、このアセットクラスで他の追随を許さない専門知識を身につけることができている」と評価した。ビンズ氏は当時、ハモンド・アソシエイツのシニアリサーチアナリストを務めていた。

  バット氏らがモルガン・スタンレーで担当していた国の一つが日本であり、シルチェスターを設立した当時、同社に支援を提供した企業には朝日生命保険が含まれた。現在、シルチェスターは日本株を数十銘柄保有している。最も多くの保有している銘柄にはホンダ電通グループ三井住友トラスト・ホールディングス野村ホールディングスが含まれる。

  約6年前、バット氏は自身に影響を与えた投資について、珍しく洞察を披露。バリュー投資の父として知られる故ベンジャミン・グレアム氏の業績について、グレーのスーツに青緑色のハンカチーフをまとい、ロンドンで満員の聴衆を前に講演した。

  CFAインスティテュートの英国支部が主催した2018年のイベントの資料によれば、バット氏はグレアム氏の著作を真剣な投資家にとって「宝の山」だと評価。「彼は永続的な原則を打ち出した。それから大きく変わったとは思えない」と語った。

  1994年12月末にシルチェスターの国際株式プログラムに100ドル投資していれば、昨年末時点で投資管理手数料を差し引く前で2031ドルとなっていた。これは1931%、年10.9%のリターンで、欧州とオーストラレーシア、イスラエル、極東の先進国株式をカバーするMSCI EAFE指数を上回るパフォーマンスだ。

  ブルームバーグの推計によると、バット氏とその家族は、シルチェスターの親会社の株式を過半数保有しており、その価値は7億5000万ドル以上とみられる。これに基づくと、ブレバン・ハワード・アセット・マネジメントの共同創業者であるアラン・ハワード氏、ブルークレスト・キャピタル・マネジメント共同創業者のマイケル・プラット氏と並んで英国で最も裕福なマネーマネジャーの1人となる。シルチェスターの担当者は、同社の評価額についてコメントを控えた。

  バット氏と妻キャロラインさんは、オックスフォードでの医学研究や国立歴史博物館などでの学術研究を支援する慈善団体、カレバ財団を設立した。

企業統治改革で「やるべきこと多い」

  シルチェスターの賭けがすべて報われたわけではない。

  同社は2018年にクレディ・スイスの主要株主となり、その3年後に経営難に陥った同行の株価が急落した際にも株式を保有していた。クレディ・スイスは昨年、UBSグループに買収された。シルチェスターはまた、過去10年間で98%下落したスイスの資産運用会社GAMホールディングの主要株主でもある。

  日本の地銀への投資の成績はずっと良好だ。8年間続いた日本銀行のマイナス金利政策が間もなく解除されるとの観測で収益が押し上げられるとの期待から株価が上昇している。

  株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回る市場評価の低い上場企業に対し、東京証券取引所が改善努力を促していることも日本株の上昇要因だと、CLSA証券チーフストラテジストのニコラス・スミス氏は指摘。これが「時代の流れを完璧に表現」し、一連の自社株買いに拍車をかけたと話した。

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  東証銀行業株価指数を構成する78行は、2行を除いてPBRが1倍を下回っている。京都FGは昨年11月、最大130億円の自社株買いを発表。SBI証券の鮫島豊喜シニアアナリストによれば、これは驚きだった。

  ただ、経営方法について日本の会社幹部の考え方が本当に変わったかどうかはまだ分からないと指摘する声もある。

  楽天証券のファンドアナリスト、篠田尚子氏は「最近、エンゲージメントの取り組みは活発になってきたが、日本では投資先企業のトップの理解が進んでいないケースも多いと聞く」と話した。

  シルチェスターは、日本の企業統治の改革に勇気付けられているとしながらも、やるべきことは多いと指摘している。

  京都FGの土井社長は「今までが平和過ぎた」とし、「当然、投資家から教えてもらうことはたくさんある」と語った。

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原題:Stock Investor With 1,900% Gain Breaks Long Silence in Japan(抜粋)