By 唐鎌大輔 みずほ銀行、 チーフマーケット・エコノミスト

コラム:OECⅮで最大のデジタル赤字国・日本、欧米の背中遠く=唐鎌大輔氏

[東京 17日] – この1年間でデジタル赤字について取りざたするメディアやアナリストがにわかに増えた。問題提起した1人として、世論が大きくなっていくことはうれしく思う。

しかし、その国際比較については統計上の扱いが煩雑なこともあり、まだ議論が進んでいない現状がある。今回はこの点を深掘りしてみたいと思う。

<旅行収支の黒字飲み込むデジタル赤字>

今年3月26日、日本の財務省に設置された国際収支有識者会合では、国際収支構造の大きな変容の代表例としてデジタル赤字の拡大が言及されている。この点、昨年来、筆者はデジタル赤字にとどまらず、研究開発サービスや経営コンサルティングサービス、そして保険・年金サービスの赤字などが拡大していることも念頭に「新時代の赤字」として理解すべきと主張してきた。筆者が初回会合で提出した資料にも、そう明記させていただいたので参照していただきたい。

とはいえ、「新時代の赤字」においてデジタル赤字がとりわけ大きく、潜在的な拡大余地を秘めているのは事実だ。2023年時点のデジタル関連収支赤字は約5.5兆円と過去最大を更新し、同じく過去最大の黒字を更新した旅行収支黒字の約3.6兆円を優に食いつぶしている。観光産業という「肉体労働で稼いだ外貨」は、今や「頭脳労働で生み出されたデジタルサービス」への支払いに消えている。

<負けているのは日本だけなのか>

しかし、日本のデジタル赤字を懸念する議論に対しては「デジタルサービスは米国の独り勝ちなのだから、日本に限った問題ではないのではないか」といった声も存在する。

欧州もデジタル赤字なのではないか。日本だけ負けているわけではないのではないか。筆者も実際に分析するまではそう思っていた。

だが、話はそう単純ではない。経済協力開発機構(OECⅮ)統計から日米欧を主軸に主要国の比較を試みると「米国の独り勝ち」は事実だが、日本の赤字幅は世界的に見ても大きいという現実がある。

以下の議論では、EUについてドイツ、フランスの2大国以外に、通信・コンピューター・情報サービスの黒字が特に大きいオランダやフィンランドも加えてみた。なお、日本の通信・コンピューター・情報サービス収支を地域別に見た場合、対オランダの赤字が相応に大きな存在であることは財務省統計から確認可能である。

デジタル関連収支の分類は昨年8月に発表された日銀レビュー「国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化」の考え方に準拠しており、通信・コンピューター・情報サービス、専門・経営コンサルティングサービス、知的財産権等使用料(除く研究開発ライセンス等使用料・産業財産権等使用料)の三つを合計している。

しかし、国によって(特に欧州では)知的財産権等使用料の詳細な内訳が開示されていないことも多く、そのため完全な比較が難しい技術的な制約もあるが、日本のデジタル赤字の現在地を知る上では参考になる。

<デジタル関連収支、米・英・EUが3強>

具体的に数字を見ると、デジタル関連収支は米国が1114億ドル、英国が692億ドルの黒字となっており、やはり米国の黒字幅が頭抜けて大きい。

しかし、欧州共同体(EU、除くアイルランド)も332億ドルとまとまった幅で黒字を記録しており、米国・英国・EUの3強の様相である。

英国には世界的なコンサルティング企業の本社機能が集中しているため、専門・経営コンサルティングサービスの黒字が膨らみやすいという事情が推測される。つまり、デジタル関連収支の定義には入るものの実態は、コンサルティングという非デジタル要素が大きいと推測される。同様の事情は米国にもある。紙幅の関係上、詳述はできないが米国や英国はコンサルティングサービスの黒字が相当大きい。

なお、EUからアイルランドを除くのは、EU域内に限らず、世界的にもアイルランドが他の追随を許さないキープレーヤーであり、一つの加盟国として含めるにはあまりにも影響が大き過ぎるという事情があり、この点は後述する。

そのほか、EU加盟国について言えば、フィンランドが95億ドルの黒字である一方、ドイツ、フランスがそれぞれ102億ドル、24億ドルと赤字で、オランダも48億ドルの赤字だ。つまり、これらの加盟国以外で細かく黒字が積み上げられた結果、域内全体としてはデジタル関連収支が維持されている。EUのデジタル関連収支は決して弱いわけではない。

<デジタル貿易の王者・アイルランド>

なお、アイルランドは影響が大きいゆえ除外したと述べたが、実際、どれほどの存在なのか。同国の通信・コンピューター・情報サービスは1940億ドルの黒字で、これは米国の12倍、英国の8倍に相当する。仮にアイルランドを含めた場合、EUのデジタル関連収支は812億ドルの黒字となり、英国の692億ドルを超える。EUのデジタル関連収支自体、アイルランドにほぼ規定されてしまう。

アイルランドは法人税率の低さや、欧州では珍しく公用語が英語であること、教育水準が高いことなどから世界的な大企業がグローバル本社を構えたり、欧州本部を構えたりすることで元々知られているが、その特徴がサービス収支に凝縮されている。

とりわけ通信・コンピューター・情報サービスが大きい背景には、世界最大のコンサルティング企業がグローバル本社を構えていることや、GAFAMの一角が欧州本部を構えていることなどが指摘できる。ちなみに英国のEU離脱以降、アイルランドに拠点を移す企業が増えたこともアイルランドの存在感を強化しているという話もある。

アイルランドは、少なくとも統計上は、デジタル貿易の王者とも言えるようなステータスにある。このような事情から、国際比較の際、アイルランドを入れることで全体の議論が見えにくくなってしまうという事情があるため、筆者はいったん除外して分析を進めることにしている。だが、正真正銘のEU加盟国でもあるため、やはり「EUのデジタル関連収支は決して弱いわけではない」という結論になる。

<貿易とデジタルの二つの赤字抱える日本>

片や、日本のデジタル関連収支は364億ドルの赤字だ。これはOECⅮで最も大きな赤字である。デジタル関連収支の赤字は日本だけの話ではないが、日本の赤字幅は特に大きなものであるという事実は指摘可能だ。

もちろん、ドイツも相応に大きなデジタル赤字を抱えてはいるが、周知の通り、同国は世界最大の貿易黒字国でもある。したがってデジタル赤字を筆頭とするサービス収支が外貨需給をゆがめ、ユーロ相場を押し下げるという話にはなりづらい。

日本も大きな貿易黒字を稼いでいれば、デジタル赤字は話題にならなかったのではないかと感じる。2022年以降、日本でデジタル赤字を筆頭とする「新時代の赤字」キャッシュフロー(CF)ベース経常収支といった筆者の議論(過去の本コラムを参照頂きたい)が耳目を引いたのは「長引く円安」という時代背景に合致していたからだろう。

円安という現象を読み解く一つの解として需給構造、ひいては国際収支の議論に注目が集まっており、財務省が有識者会合を設けるまでに至っている現状がある。

デジタル赤字は今後、ますます強い経済的・政治的関心を引くだろう。なお、案外知られていない事実だが、日本のサービス収支はデジタル分野に限らず、収支全体で見てもOECⅮ最大の赤字であり、サービス取引が国際化される中で取り残されている状況は否めない

必死に旅行収支の黒字で穴埋めをしても、それ以外のサービス取引から漏れる外貨が多過ぎるという問題は今後、労働供給の制約が厳しくなる日本からすると、厳しい現実と言わざるを得ない。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。