年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、国内債券偏重の運用を見直した改革から31日で丸10年を迎える。当時は株式などリスク性資産への投資に対する慎重論もあったが、「脱・国内債」を掲げて国際分散投資を進めた結果、この10年の累積収益は120兆円超にまで積み上がった。
「低い利回りの国内債に偏り過ぎた運用では、必要なリターンを出せないことが一目瞭然だった」
ブルームバーグの取材に21日応じたGPIF元理事長の三谷隆博氏は、2010年の就任当時の心境をこう振り返った。資産ごとの投資配分を決める基本ポートフォリオは国内債が67%と突出しており、安全とされる国内債への依存が鮮明だった。
日銀による「異次元緩和」政策の導入から2カ月後の13年6月。GPIFは国内債の比率を60%まで下げる基本ポートフォリオの変更を臨時で発表する。「株式投資=危険」との見方が根強かったこともあって、それでも過半を国内債に頼る構造は続いた。
その後、GPIFは国内債比率の大幅な引き下げに踏み切ることになるが、この運用改革によって資産運用の基本戦略とされる「国際分散投資」の重要性が再認識される契機になったと見る向きもある。
国際分散投資は、幅広い国や地域のさまざまな金融資産を組み合わせることで全体のリスクを低減させる手法だ。SMBC日興証券の末沢豪謙金融財政アナリストは「株式投資は『ばくちの延長』とさえ思われていた節があったが、GPIF改革によって国際分散投資の重要性が見直されるきっかけになった」と指摘する。
思惑が一致
こうした動きの背景には、安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」の存在があった。
安倍元首相は14年1月、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の基調講演で「GPIFについてはポートフォリオの見直しを始め、フォワードルッキングな改革を行う」と表明。同年6月には田村憲久厚生労働相(当時)が運用改革の前倒しを要請、運用比率の見直しを迫った。
三谷氏は「政権側から株式比率を高めるべきじゃないかとの見方が強まっていた」と話す一方、「ただそれは、国内債の比率を下げたかったこちらの思惑とも実は一致していた」と明かした。
ファンド運営会社Fiducia(フィデューシア)の創業パートナーで、運用改革の際に厚労省からGPIF調査室長として出向していた清水時彦氏は、「アベノミクスの目的はデット(借り入れ)からエクイティー(株式)中心のマネーフローに切り替えることだと理解していたし、その戦略は正しいと感じていた」と話す。
アベノミクスの3本目の矢は、民間投資を喚起し続けるというもの。運用改革によって株式投資の比率が高まれば、成長のための巨額資金が企業に向かうことを意味した。
国内債偏重の見直しから10年
GPIFは14年10月31日、国内債比率を60%から35%に引き下げるという市場予測を超える資産構成の見直しを発表した。国内外の株式比率の倍増とともに国際分散投資の色彩を強める内容だった。
現在は国内外の債券と株式にそれぞれ25%を等分に振り分ける資産構成で運用を行っている。改革以降、兆円単位の運用赤字を計上した年もあったが、過去10年間の累積収益額は円安・株高の追い風を受ける形で121兆4848億円となった。これは自主運用を始めた01年から運用改革までの13年間で稼いだ約41兆円の3倍近くに当たる規模だ。
年金運用に詳しい大和総研の菅野泰夫主席研究員は「巨額のリターンにつながったのは結果論の側面もあるが、特に外国株式の比率を増加させた点などは評価できるし、総じて投資判断としては良かった」と語った。
投資環境の変化
運用資産額は10年前のほぼ倍となる約255兆円まで増え、世界最大級の年金基金としての存在感はいっそう高まった。一方で取り巻く環境も大きな変化を遂げた。
GPIFは個別銘柄の選択が禁じられているほか、年金加入者の利益以外を追求してはいけない「他事考慮の禁止」といった制約がある。
ただ、銘柄選別の意味合いが濃いESG(環境・社会・企業統治)投資の開始や、社会課題の解決と収益性の両立を図る「インパクト投資」の事実上の解禁は、これらの投資原則が拡大解釈された一例とみることも可能だ。原則を守りつつ、今後も中長期的に収益確保を継続できるかが課題と言える。
運用資産額は着実に増加
GPIFは基本ポートフォリオを5年に1度見直しており、次回は25年3月末がめどとなる。新たなポートフォリオを決める際の土台となる「次期中期目標」は、厚労相が年明け以降に策定する見通しだ。
日銀が国債買い入れの減額を決めたことで、安定消化には代わりの買い手が必要となることから、発行当局の財務省は国内債の新たな比率を注視する。ブルームバーグが9月に公表した調査結果では、アナリストの約半数が国内株比率の引き上げと外国債比率の引き下げを予想している。
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