昨今話題となっている「103万円の壁」は、見方をかえれば「インナーの壁」でもある。インナーといっても女性の肌着や下着のことではない。自民党税制調査会(宮沢洋一会長)の幹部会のことを俗インナーと呼ぶ。日本語では何というのだろう。適切な訳語が見当たらない。要するに実質的な決定権限をもっているごく少数の、権力者面した有力議員たちのことだ。党の内規によって会長以下9人のメンバーで構成されている。日本の税制を取り仕切る隠れ総本山でもある。日本に残る数少ない聖域。時の最高権力者である内閣総理大臣ですら、ここには無闇に口出しできないと言われてきた。その聖域に国民民主党が切り込んだ。「手取りを増やす」との公約に有権者が敏感に反応。聖域に蟻の一穴があいたのだ。だが少数与党に転落したとはいえ、インナーにも沽券とか自負がある。壁の引き上げに向けて水面下で陰湿な駆け引きが続いている。

国民民主が主張する178万円への引き上げをいかに低く抑えるか、これがインナーの最終目標だ。公明党を加えた3党協議を終えたあと宮沢洋一会長は「認識の開きが大きいことがはっきりした」とコメントした。有権者にすれば「何をいまさら」と言いたくなる。これぞまさしくインナーの壁、国民無視の壁でもある。税制は政治家にとって1丁目1番地のテーマだ。古今東西政治家は税制改革に大きなエネルギーを費やしてきた。だが日本ではこの30年間、所得税の税額控除は一円たりとも引き上げられていない。政治家の怠慢だ。この間野党が政権をとったこともある。与野党を含めて政治家は、本来果たすべき役割を放棄してきたといっても、決して言い過ぎではないだろう。どうしてこうなるのか。インナーの壁が強固でかつものすごく高いからだ。そのうしろには財務省、主税局がギョロリと目を光らせている。さらに御用学者やエコノミスト、メディアなど“御用”の者たちが多数取り巻いている。

所得控除を引き上げない一方で政府は、年金や医療費、健康保険の掛け金など国民負担率を少しずつ引き上げてきた。個人的にはこれを「ステルス増税」と批判してきた。要するに賃金が上がらない中で国民は所得控除を据え置かれ、国民負担率を引き上げられ、最近のインフレ下で実質賃金はほぼマイナスである。要するに踏んだり蹴ったりなのだ。すべてをインナーに押し付けるつもりはないが、税に関しては少なくとも宮澤会長の認識に問題がある。もっと具体的いえば、財務省出身の宮澤氏には「国民の実態」がまったく見えていないのだ。国民民主との「認識の開き」が大きいわけではない。宮澤氏が国民から遊離しているだけだ。103万円の壁の突破にあわせてインナーの壁も取っ払う必要がある。インナーの主要メンバーは財務省の主税局出身者で占められている。税の専門家たちだ。この際、インナーのトップを非財務省出身者で、世襲議員でない叩き上げにすべきだ。せめてそれぐらいはやろうよ、国民に寄り添う石破さん。