「米民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員はトランプ次期政権の移行チームに書簡を送り、政府効率化省(DOGE)を率いる実業家イーロン・マスク氏に、他のメンバーと同じ倫理基準を適用するよう求めた」。これは今朝ロイターが配信したニュースの書き出しである。ウォーレン上院議員といえば民主党左派、急進派の1人。その人がマスク氏に公務員に義務付けられている倫理基準を適用せよと、政権移行チームに要求したというのだ。ニュースそれ自体に特に関心はないのだが、イーロン・マスク氏に対する倫理基準の適用をどう理解すればいいのか、にわかに整理がつかなかった。DOGEは元々政府組織ではない。トランプ氏はこう言うことを考えて民間組織にしているのかもしれない。ふとそんな気もした。マスク氏といえば激烈な仕事ぶりと、普通の人の“常識”を超えたユニークな発想が際立つ人である。その人に米国社会が共有する倫理基準を適用したらどういうことになるのだろう、ふとそんな疑問が頭の中を駆け巡った。

米国の著名な伝記作家のウォルター・アイザックソンが書いた「イーロン・マスク」(文芸春秋社刊、上巻、下巻)を読了したせいかもしれない。この本は著者がマスク氏の日常生活に密着しながら、彼の実像を抉り出した。マスク氏はアスペルガー症候群(AS)を患っているうえに、強度の躁うつ体質でもある。仕事と家庭、子供や女性、彼を取り巻く日常生活は常に波乱含み、かつ、危機的でさえある。その危機的な状況を彼は「シュラバ」と呼ぶ。仕事も家庭もシュラバになると、逆に彼は生き生きとしてくる。集中力が増し、エネルギーが溢れ出す。マスク氏の不可思議な実像。これで人類が未だかつて到達したことのない世界を切り開いてきた人だ。個人金融資産はつい最近4470億ドル、日本円にして70兆円弱に達したと報道された。そんな人を常識的な倫理基準で縛ったらどうなるだろう。良い、悪い、ではなく、ケーススタディーとしてどうなるか興味が湧いた。X(旧Twitter)買収の目的は何かと問われたマスク氏は即座に、「言論の自由を守る」と答えている。彼に似合うのは制限のない自由だ、倫理基準は似合わない気がする。

例えば女性関係。彼には元妻が何人もいる。それぞれが子供にも恵まれた。最初の奥さんとの間にできた長男は、性転換して今は女性として生活している。マスク氏とは絶縁状態だ。仕事仲間の女性との間に、体外受精で子供を作っている。同じ時期に別の女性に精子を提供、この女性は代理母出産で子供を授かった。日本で同じことをしたら、メディアや世間はなんと言うだろうか。考えても答えは出ないが、おそらくアメリカだからマスク氏は存在できたのかもしれない。このコラムを書いている間に、カイロス2号機の打ち上げ失敗の速報が飛び込んできた。マスク氏はスペースXの創業時に1号機から3号機まで打ち上げに失敗している。これが最後として挑んだ4号機は、打ち上げ直前に異常が発覚。マスク氏はしばらく沈思黙考したあと、打ち上げ中止の要請をするスタッフに向かって、「責任は俺が取る。やれ」と命令している。打ち上げは見事に成功、ベンチャー企業にすぎなかったスペースXは直近の評価額が3500億ドル、日本円にして約53兆円の巨大企業に成長した。マスク氏は多分、倫理基準は守らないだろう。