新日鉄がU Sスチール買収を阻止したバイデン大統領らを提訴した。民間企業による米大統領提訴は前代未聞。国際的に見れば弱者連合に過ぎない新日鉄とU Sスチール。問題の本質は「勘定」と「感情」の対立だ。U Sスチールが中国メーカの攻勢を受けて経営不振に陥っている現実は拭ようがない。国家の安全保障を理由とした買収拒否は理解できるとして、米国の象徴ともいうべき名門企業を救済する代替策はあるのか、バイデン氏に直接聞いてみたい気がする。両国の指導者は折に触れ同盟関係の強化を強調する。安全保障を理由とした買収の拒否は、同盟関係の否定でもある。バイデン氏は日本を同盟国とはみていない。そう解釈していいだろう。ではトランプ氏はどうか。同氏は7日、「関税政策でUSスチールは収益性が高く、より価値のある企業になるのに、なぜ今売却したいのか」とトゥルース・ソーシャルに投稿した。救済策を示さないバイデン氏よりはましだが、買収反対の姿勢に変わりはない。

新日鉄は6日、U Sスチールと共同でバイデン大統領に対する訴訟を提起した。理由は「不当介入」。このほかに米国第1位の同業、クリーブランド・クリフスのローレンソ・ゴンカルベスCEOと全米鉄鋼労働組合(USW)のデービッド・マッコール会長を別の裁判所に提訴した。理由はバイデン氏と協力して買収阻止を図ったというもの。民民の激しい競争関係と、労働組合と政府の密接な関係が透けて見える気がする。いずれにしても今回の買収劇の内幕は複雑だ。それはともかくとして、気になるのは同盟関係への影響だ。事態をはたから眺めれば、中国の鉄鋼メーカーの攻勢にあって四苦八苦している日米の有力鉄鋼メーカーが、手をたずさえて中国のダンピング攻勢に対抗しようという話である。市場規模で見れば「弱いもの同士」が一緒になって、強い中国に挑むという狙いだ。U Sスチールの従業員も地元も賛成しているが、政治家が絡んで「それはならん」と言っている。

新日鉄が全米第1位のクリフスを買収するなら、なんの問題も起こらないだろう。米国人にとってU Sスチールは米国そのものなのだ。これは経済とか経営とか「勘定」の問題ではない。国民の「感情」の問題なのだ。勘定問題なら解決しやすいが、感情問題はそうはいかない。だからあれほど対立しているバイデン氏とトランプ氏が買収阻止で一致する。なんともおかしな話だ。中国は「感情」よりも「勘定」を重視する。それも個別企業の「勘定」ではない。国家の「勘定」だ。だから利益はそっちのけ。西側の民間企業は対抗できない。バイデン氏は感情を優先して買収を阻止した。次はトランプ氏の番だ。同氏は米中関係を関税という「勘定」で解決しようとしている。新日鉄に万に一つの可能性があるとすれば、同氏の「勘定」に訴えることだ。買収が安全保障に役立つと説得できれば翻意可能かも。現にU Sスチールのデイビッド・ブリットCEOは7日、T Vのインタビューで「新たな視点から検討する新大統領がいる」と述べている。意外に解決は早いかも・・・。