8日付のこの欄で、バイデン政権によるU Sスチール買収拒否は「感情」と「勘定」の問題と書いた。その趣旨に変わりはないのだが、いま一つ判然としなかったのはこれがどうして米国の安全保障に関わるのか、その一点だ。昨日見たYouTubeでこの謎が少し解けた。それは「S Uスチール買収禁止命令、メディアが報じない真相」(1月10日付)とタイトルされている。文化人放送局提供で、コンサル会社アシスト社長の平井浩司氏が、背景説明を行なっている。同氏によると日鉄は中国と極めて近い関係にあり、バイデン政権は買収が実現した場合米軍に絡んだ機密情報が中国側に漏れることを懸念している、とのこと。これが真相だとするとトランプ政権になってもこの買収が認可されることはないだろう。問題は「感情」でも「勘定」でもなく、まさに「安全保障」そのもの。日本は敵対する世界の実態を理解していないのかもしれない。日鉄は情報漏洩対策を一切提示していないという。

ひと昔前、「鉄は国家」と言われた。日本を代表する日本製鉄は旧八幡製鉄と富士製鉄が合併してできた新日鉄が、2012年に住友金属を買収して誕生した。世界をリードしてきた鉄鋼メーカーである。だがいまは粗鋼生産量(2022年現在)でみると、トップの宝武鉄鋼集団に大きく離され第4位にすぎない。宝武は宝山製鉄と武漢製鉄が合併してできた会社。両社とも日鉄が育てた会社だ。人材も資金もノウハウも惜しみなく提供、よちよち歩きだった中国の鉄鋼メーカを世界のトップに押し上げたのだ。これを推進したのが稲山嘉寛氏。鄧小平氏が来日した1978年、同氏は稲山社長と共に新日鉄の君津製鉄所(当時)を訪れ、最先端の工場内部を視察した。この時鄧氏は稲山氏に向かって「これが欲しい」と言ったそうだ。平井氏によると、稲山氏は即座に「分かりました。作りましょう」と応じたという。中国鉄鋼メーカー躍進の始まりである。以來、日鉄と中国の蜜月は続く。中国政府が友好団体と認定している7団体のうちの一つ、日中経済協会の会長は日鉄出身の新藤氏が務めている。

一方のU Sスチール。この会社は米軍との関係が極めて深い。戦闘機、軍艦、戦車用の鋼板などを納入している。軍が使う鋼板は普通の鉄板とは違って、さまざまな金属などを混ぜ合わせた特殊な鋼材だという。その混合割合はトップシークレット。米政府はこの情報が中国に漏れることを懸念している、というのだ。特殊鋼の素材の中身がわかれば破壊しやすくなる。米国にとってはまさに安全保障上の危機なのだ。一部メディアはバイデン氏が新日鉄を中国と間違えたと報じている。これは完全なミスリードだろう。大統領は中国との親密な関係を言いたかったのではないか。イエレン財務長官は対米外国投資委員会(CFIUS)は「徹底的な分析を行った」と説明している。米国は日鉄と中国の密接な関係をすべて把握している。だが、石破総理に情報は上がっていない。「なぜ安全保障上の懸念なのか」とコメント、相変わらず能天気だ。報道しない主要メディア(オールドメディア)も問題だが、これは日本の安全保障上の危機かもしれない。