ウクライナ停戦の行方を睨みながら、日本を代表する国際政治学者だった高坂正堯氏の著書、「国際政治ー恐怖と希望」(中公新書、改版)を読んだ。「国家は力の体系であり利益の体系であると同時に、価値の体系でもある」。高坂の国際政治をみる基本的視点だ。奥付けにはこの本の初版が1966年8月25日とある。60年近く前だ。学生時代読んだ記憶はあるが、中身は全然覚えていなかった。いま読み返してみて思う、世界で起こる戦争や紛争の原因を的確に予言している。プーチンは力と利益を求めた。力のないウクライナは価値と利益を求めて防戦した。トランプ大統領登場以前の西側諸国は、利益を無視して価値と力でロシアに対抗しようとした。ここに割って入ったトランプ氏は価値を放棄し、力と利益を優先しようとしている。プーチンと同じスタンスだ。

ロイターは今朝、プーチン氏、米にレアアース共同開発を提案 アルミ供給も」と題した記事を配信した。力と利益を優先するトランプ・プーチンの利害は完全に一致している。高坂は国際政治を「複雑怪奇」と規定する。これが国際政治の常識。1939年、独ソ不可侵条約が締結される。時の宰相・平沼騏一郎は「複雑怪奇」という言葉を残して退陣した。平沼は、日独防共協定の相手国であるドイツの行動が理解できなかったのだ。これこそが非常識と高坂は指摘する。国際社会の常識から逸脱し、ガラパゴス化した認識の世界に生きる日本人の一例である。だからウクライナを無視して勝手に米ロが和平協議を進めても良いと言っているわけではない。視点が変われば世界の風景が180度変わってしまう。ここに国際政治の難しさがある。そんな気がしたのだ。経済の世界には「国際金融のトリレンマ」という概念がある。

自由な資本移動、為替相場の固定、金融政策の独立性、この3つの項目を同時に実現することはできない。3つのうち一つを諦める必要がある。何を諦めるか。世界中の国々が為替相場の固定を放棄して変動相場に移行した。これで国際金融は円滑に機能するようになった。高坂理論にこれを当てはめればどうなるか。おそらくどの国も何一つ諦めないだろう。これが国際政治の実態だ。理念としてだけなら世界平和は簡単に実現する。すべての国が「力の体系」を諦めればいいだけだ。それができないところに現実の世界がある。世界でただ一つ武力を放棄して力の体系を諦めた国がある。日本だ。アメリカの核の傘の下で力の体系を補っているとはいえ、「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(憲法9条)。これはいまでも世界の非常識だろう。同じ非常識でも世界の風景を変える視点がある。