- 大学卒業後に松下政経塾入り、幸之助氏の薫陶受け政治の道に
- 高市氏の孤高アプローチ、強みであると同時に弱点との指摘も

1980年代半ば、富士山を望める湘南の町にいた高市早苗首相は、数十年後に日本経済を変革するビジョンの前触れを早くも示していた。
神戸大学時代は学費をアルバイトで賄いながらヘビーメタルバンドでドラムを演奏していた高市氏は卒業後、松下電器産業(現パナソニックホールディングス)を創業した故松下幸之助氏が設立した私塾「松下政経塾」に参加した。
最初の2年間、塾生は午前6時ちょうどに起床し、朝食前に居住スペースを掃除。その後は経済や政治、哲学に関する講義を丸一日受ける生活が続いた。全員が100キロメートルの行軍を完遂し、剣道を習得することも求められた。

松下氏は、90年代に起きると予見していた二つの根本的な変化をこの時すでに語っていた。日本経済の低迷と、世界の重心がアジアに移るという点だ。いずれも日本に強い影響を及ぼすと考えられていた。高市氏が政治の道を初めて思い描いたのはこのころで、24歳だった。
「人生は1回だ」と、高市氏は当時の心境について2002年に発行された雑誌の記事で語った。「一企業で働くよりも、政治家として、その難問に立ち向かっていきたいと考えるようになった」と打ち明けていた。
松下政経塾は低い税率や経済への国家介入の最小化など、いくつかの中核的理念に基づいていた。その中で、高市氏が特に受け入れたように見えるのが、国家を「経営する」という発想だ。政府を企業のように運営し、指導者が最高経営責任者(CEO)の役割を果たすという考え方だ。
高市氏と近い時期に松下政経塾に入った元衆院議員の嶋聡氏は、現在首相として高市氏が掲げる政策と、松下政経塾がある茅ヶ崎で数十年前に説かれていた理念との間に共通点を見いだしている。高市首相が「責任ある積極財政」を主張する際の重要な要素は、成長が時間を通じて持続することを確保する点にあり、高市氏は行き過ぎないことの重要性も理解していると、嶋氏は話す。
財源なき減税案で市場の混乱を招き、22年に退陣に追い込まれたトラス元英政権のようにはならないと、嶋氏は述べた。
世論調査によると、高市首相率いる与党は8日投開票の衆院選で勢力を大きく伸ばす見込みだ。食料品の消費税減税を巡り検討を加速させるとの公約で、以前なら考えられなかった水準まで国債利回りを一時押し上げ、トラス元英首相との比較も招いた。投資家を動揺させたにもかかわらず、高市首相の支持率はなお高い。
高市氏と共に働いたり、間近で見たりしてきた十数人への取材によれば、高市首相は思いつきで語る人物ではない。政策の細部に徹底的とも言える注意を払い、一般家庭から勉学で道を切り開き、発言力と影響力のある日本を築くという強い信念を持った政治家との評価だ。

昨年10月に就任した高市首相のビジョンはすでに具体化しつつある。防衛費の増額を前倒しする一方、台湾有事を日本と結び付ける発言では中国の反発を招いた。トランプ米大統領とは関係を強化し、トランプ氏が同月に訪日した際には同盟の強さが再確認された。さらに、人工知能(AI)やインフラ、半導体への国家主導の投資を優先し、日本の産業基盤と長期的な経済力の強化を目指している。
「彼女が求めているのは、尊敬される日本だ」と、1989年に高市氏と初めて会い、その後も交流を続けてきた元米政府高官のマイケル・グリーン氏は指摘する。
選挙期間中で高市首相からコメントは得られず、事務所も書面での質問に回答しなかった。

ここ数週間、市場は比較的落ち着いている。米国が円を下支えするとの見方が助けとなっているが、高市氏は難しいかじ取りを迫られている。株価は最高値付近にあるが、円安が続き、国債利回りは上昇基調にある。歳出や投資計画の財源をどう確保するのかを巡り懸念が強まっている。
松下氏の下で「米国の高金利政策の功罪」を学んだ高市首相は、利上げペースを巡って日本銀行と衝突し、生活費上昇への懸念を高める恐れもある。高市氏は2024年、日本経済が長年のデフレから完全に脱却する前に利上げを行うのは「あほやと思う」と述べていたが、その後トーンを和らげている。
投資家は懐疑的だが、有権者は高市首相の決断力に引き付けられている。主要紙の調査では、強いリーダーシップが支持理由の上位に挙げられ、30歳未満では支持率が一時90%近くに達し、党全体を大きく上回った。熱心な人々が集会に詰めかけ、候補者が高市氏のビジョンを前面に出すなど、選挙戦は大統領選のような様相を呈している。

自民党の多くの前任者とは異なり、高市氏は政治家一家の出身ではなく、夜遅くまで同僚と政策を議論することも好まない。「一匹おおかみ」と評する声もある。
夕食や酒の席に時間を費やす代わりに、政策資料の山を自宅に持ち帰っていたと、故安倍晋三元首相の側近で、高市氏を支えた元内閣官房参与の谷口智彦氏は語る。「高市氏が省庁の幹部以上に詳しいことに、官僚が驚くこともあった」と振り返る。
勉強家である一方、高市首相には親しみやすさもある。最近の街頭演説では、自分で髪を染めていると語り、「美容院って高い」と話した。昨年10月には、空母上でトランプ氏の隣で拳を突き上げ、日本の首相によく見られる堅苦しさとは対照的な姿を見せた。
政治の道
高市氏は奈良県で育った。母は警察関係、父は自動車産業に従事していた。回想録では、厳格な母と、話し方が穏やかな父との対比が描かれている。
国内有数の私立大学2校に合格したが、母は祝福せず、弟が私立中学に進学予定だったこともあり、家庭の事情から国公立大学に進むよう求められた。
バンド練習やバイクに明け暮れ、母の目を逃れようとした大学生活を、後に回想録で振り返っている。公務員や企業就職も考えていたが、松下政経塾での経験が政治へと向かわせた。

高市氏は1987年、米民主党のパトリシア・シュローダー下院議員の事務所でのフェローシップのため米国に渡った。その数カ月前、米議会では日本の戦後経済成長への警戒感を象徴するかのように、東芝製ラジオをハンマーで破壊する抗議が行われていた。
当時を知る同僚は、高市氏を勤勉で米政治を学ぼうとする意欲的な人物だったと語る。高市氏の著書では、日本外交官の受動性や国際舞台で主張しない姿勢にいら立ちを覚えたとの記述もある。
帰国後、テレビのコメンテーターや大学勤務を経て、93年の衆院選で奈良県から無所属で出馬し初当選した。自民党は結党後初めて下野し、高市氏はその後、自民を離党した柿沢弘治氏らが立ち上げた自由党に参加。夫となる山本拓氏も同党の一員だった。

「戦後の日本をちゃんと自立した力強い国に持っていくためには、権益の調整政党ではだめだという思いはみんな持っていた」と、自由党を共に結党した米田建三元衆院議員は振り返る。強い日本、主張できる日本、自立した日本をつくるという目標は今につながっていると語る。
その後、自由党は別の野党と合流し、高市氏は96年に自民党に加わった。高市氏は政治一家出身でない人物であり、新しいことに挑戦しやすいと、米田氏は指摘する。
松下氏に加え、サッチャー元英首相も高市氏に影響を与えた。98年に出版されたサッチャー氏に関する書籍で、高市氏はエッセーを寄せ、「個別の政策面でも、私はサッチャリズムの影響を強く受けてきたし、私自身も『保守主義者』を自認している」と書いた。
近年、高市氏の政治的な思考に強い影響を与えたのは安倍氏だ。2006年に第1次安倍政権で初入閣し、成長重視の財政拡大や金融緩和、強い防衛、憲法改正といった政策は安倍氏の路線と重なる。
19年に法相を務めた河井克行氏は、高市首相が安倍氏の下で自身の世界観を固めたのかもしれないと指摘。高市氏はキャリア官僚にも立ち向かうと予想する。
「やはり政治が主導していく。霞が関の言いなりにはならない」と、河井氏は述べた。

高市首相は国内の強い指導力に加え、国際舞台で発言力を持つ日本を目指しつつ、日米同盟を重視する安倍元首相のビジョンを共有している。ロシアによるウクライナ侵攻後に共著した「ハト派の嘘」では、他国が軍事力を使う用意がある状況では自制だけでは不十分だと主張した。
中国との外交関係悪化は、より厳しい態度を示す意志の表れでもある。高市首相が昨年11月、台湾への侵攻があれば集団的自衛権を行使できる存立危機事態になり得ると答弁すると、中国は軍事転用可能な製品の対日輸出を禁止すると発表。レアアースの供給遮断を示唆した。
日中のこうした緊張は、サプライチェーン確保への国内支持を高める結果になるだけだった。24年まで2年間、経済安全保障担当相を務めた高市氏は現在、国家情報局の新設やスパイ防止法の制定、対日外国投資委員会の創設などを検討している。
「中国側は高市氏を見せしめにしようとして読み間違えた」とグリーン氏は話す。
今春に予定される訪米を前に、防衛費と貿易はトランプ大統領からの圧力を管理しなければならない分野だ。中国や北朝鮮、ロシアといった脅威に直面する日本にとって、日米同盟に代わる選択肢は少ない。高市首相は就任後、今年度中に防衛費を対国内総生産(GDP)比2%に引き上げることにした。
安倍氏と同様、高市首相は戦時の過去について謝罪を続けるべきではないとする強い国家主義者でもある。靖国神社もたびたび参拝してきた。
「これ以上、謝罪外交を続けるのは止めたいと思う」と、高市氏は1998年の論文で記し、「国家のために生命を捧げた先輩たちを現在の価値観で断罪する権利など、私たち世代にはないと思う」と説明していた。
こうした見解は、1910-45年に日本に支配された韓国などから懸念を招いた。ただ、首相就任後は靖国参拝を控え、韓国の李在明大統領とも良好な関係を築いている。先月には、奈良県での首脳会談後に披露したドラムセッションも話題となった。

高市首相は選挙戦で、一般家庭で育ったことを強調。日本初の女性首相として自民党を勝利に導こうとしている。
8日の総選挙で、より主張する日本への道筋を有権者は評価することになる。だが、高市首相を長年知る人々にとって、一つ確かなことがある。それは、高市氏の政治姿勢が20代のころに学んだ教訓から大きく変わってはいないという点だ。
同じく松下政経塾出身で、自民党総裁選では高市氏を繰り返し支援してきた山田宏参院議員は、高市首相の一匹おおかみ的なアプローチは強みであると同時に弱点でもあると語る。その成功を支えてきた資質がマイナスに転じないようにする支援体制が必要だという。
山田氏は、高市氏は基本的に孤高の首相だとし、何でも自分でやると指摘。うまくいくこともあるが、時には欠点にもなり、それが高市首相の決定的な持ち味だと述べた。
原題:‘Lone Wolf’ Takaichi Wants to Build a Bold, Powerful Japan(抜粋)
