中国の科学者が人間の遺伝子を組み換え、生まれながらにエイズウイルス(HIV)に対する免疫を持つ赤ちゃん誕生させたとのニュースが話題になっている。この科学者は南方科技大学副教授の賀建奎(がけんけい)氏。時事通信によると「エイズに抵抗力を持つ遺伝子を注入した受精卵から、2人の女の子が今月生まれ、『露露』『娜娜』と名付けられたという。賀氏は『遺伝子組み換え技術を疾病予防の分野に用いた歴史的一歩』と強調した」という。つい最近、ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑氏の「ゲノムが語る生命像」(改訂版)を読んだばかり。ゲノム編集は疾病の予防や病気の治療に役立つばかりでなく、食糧不足の解消、エネルギー対策、新産業の創出など幅広い可能性を秘めた分野。報道が事実ならゲノム編集が初めて人類に適用されたことになる。

だが、この事実が明らかになるやお膝元の中国はもとより、世界中で非難の声が上がった。朝日新聞によると中国では科学技術省の次官が海外メディアに対し、「賀氏の研究が事実であれば、明らかに中国の条例に違反する」と指摘。同省は緊急会議を開き、事実関係の確認を急いでいることを明らかにしたという。ゲノム編集の研究は多くの国が認めているが、人間への適用を認めている国はない。賀氏が主張する受精卵の操作が事実なら、中国政府もこのまま見過ごすことはないだろう。そんな実験をどうして賀氏は単独で実施したのか“不可解”の一語に尽きる。本人はエイズに苦しむ貧しい人を助けたかった主張しているようだが、最先端技術や医療の応用にはそれなりの手続きが必要になる。それを無視した実験は単なる“売名行為”でしかない。

少し前に京大の生命工学の先生からゲノム編集を活用した鯛の人口飼育の話を聞いたことがある。鯛の遺伝子を編集して短期間に成長する鯛を作り出したのである。技術的にはすでに大量生産が可能な段階に達している。問題はゲノム編集した丸々と太った鯛が消費者に受け入れられるかどうかだ。遺伝子組み換え大豆はいまだに日本の消費者に受け入れられていない。反面、遺伝子組み替えで作った輸入のトウモロコシを飼料にした牛肉や牛乳は、日本人にも違和感なく受け入れられている。人間の遺伝子は突然変異や環境変異の影響を受けて、絶えず変異している。もっと言えば、変異することによって生き延びてきた。その人間も人工的な遺伝子組み換えは生理的に拒否する。拒否反応は遺伝子が受けついだ生命維持装置の一つでもある。賀氏の試みは事実だとしても受け入れられないだろう。