元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、政府は9日、控訴しない方針を決めた。安倍晋三首相が「異例のことだが、控訴をしない」と表明。政府内には控訴して高裁で争うべきだとの意見が大勢だったが、家族への人権侵害を考慮し、最終的に首相が判断した。原告側が控訴しなければ、地裁判決が確定する。

 首相は同日、首相官邸内で根本匠厚生労働相と山下貴司法相に控訴しない方針で対応を進めるよう指示した。その後、記者団に対し、判決の一部に「受け入れがたい点がある」と指摘しつつ、「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族のご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と説明した。根本厚労相は「通常の訴訟対応の観点からは控訴せざるを得ない問題があるのは事実」としており、首相による政治判断を強調した。

 一方、原告側は9日午後、国会内で記者会見し、首相に対して12日の控訴期限までに面会して被害の訴えを直接聞いたうえで、政府を代表して謝罪するよう要求。また、地裁が請求を棄却した20人を含む被害者全員を一括一律に被害回復する制度の創設の協議が12日までに始まらない場合、20人については控訴する可能性があるとした。

 訴訟は、患者に対する国の誤った隔離政策で差別を受け、家族離散などを強いられたとして元患者の家族561人が国に損害賠償と謝罪を求めたもの。熊本地裁は先月28日、国の責任を認め、2002年以降に被害が明らかになった20人を除き、総額3億7675万円の支払いを命じた。元患者家族の被害に国の賠償を命じる司法判断は初めて。

 判決では国の責任を広くとらえ、厚労相(厚生相)や法相、文部科学相(文部相)が偏見差別を除去する義務を怠ったという違法性や、らい予防法の隔離規定を長年廃止しなかった国会議員の過失も認定。最高裁で係争中の別の裁判などに影響することへの懸念もあり、政府内には控訴せず判決を確定させることはできないとの意見が強かった。今後、政府は元患者家族への謝罪のほか救済制度づくりなどを進めるが、調整が難しい課題も多い。

 ハンセン病はらい菌が原因で起きる感染症。感染力は非常に弱いが、重症化すると顔や手足が変形する。国は1907年に隔離政策を開始。40年代に特効薬が登場して以降、治る病気となり、治療後は他人に感染することがないことも知られるようになった。だが、国は96年のらい予防法廃止まで隔離政策を続けた。

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 元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、政府が控訴して高裁で争う方針を固めたと朝日新聞が9日朝に報じたのは誤りでした。おわびします。