Sarah McBride、Gillian Tan、Giles Turner、Pavel Alpeyev、Brad Stone、Peter Elstrom
ソフトバンクグループのビジョン・ファンドは約6週間に一度、世界の3大陸から75人が参加するビデオ会議を開き、出資先のスタートアップ企業について最新情報を交換する。孫正義社長は通常東京から参加し、報告者を大げさに称賛することもあれば、激怒して相手を叱りつけ詳細データを要求することもある。会議の常連メンバー3人が述べた。
この3人によれば、ビジョン・ファンドのマネジングパートナー、松井健太郎氏が2018年に中国の新興企業についてプレゼンテーションをしていた際、孫氏が突然、怒りモードとなり、保守的過ぎると松井氏を非難。成長軌道を極度に変える方法を見つけろと言わんばかりに、売り上げとバリュエーションの伸び加速を求めたという。
ある意味で危険になり得ることだが、これが孫氏の孫氏たるところで、ビジョン・ファンドを他のベンチャーキャピタルと差別化する特徴でもある。とにかく大きく、がモットーだ。投資対象を選び、積極的に事業拡大するよう創業者に働き掛ける。そして膨らむバリュエーションから利益を上げる。
孫正義氏のビジョン、ベンチャーキャピタル業界に旋風-桁違いの投資
孫氏が男性のみのマネジングパートナーらと築いた戦略は、特定の技術を対象にするというより、話題性のあるスタートアップ企業に大規模投資するというものだ。シェアオフィス事業のウィーワークや配車サービスのウーバー・テクノロジーズ、ピザ宅配のズーム・ピザ、犬の散歩アプリのワグ・ラブズなどが投資先だ。ポートフォリオ企業は拡大が速いが、行き当たりばったりのケースもあり、失望も幾つか生み出した。その最たる例がウィーワークだろう。
ソフバンクGの会計に注目集まる-投資先の新興企業価値が急変動
ポートフォリオ企業は時に、孫氏の大き過ぎるビジョンに苦労しているようにみえる。カメラのスタートアップ、ライト・ラブズの共同創業者デーブ・グラナン氏は孫氏と出会うまで、同社の画像テクノロジーを自動運転システムの新技術とすることなど考えていなかった。同社は新たなコンセプトの下で18年7月に1億2100万ドル(約133億円)を調達したが、本来目指していた事業を取りやめた今年7月、人員の約半数をレイオフした。また、ズーム・ピザの使命はロボットを使ったピザ作りから、米国の食品製造全体の革新へと広がり、従業員からは疑問の声も聞かれた。生産革命はまだ実現せず、ズームは黒字化していない。
そして、ビジョン・ファンドの問題は投資先が想定通りに進展しない状況にとどまらない。同ファンドとソフトバンクGの現・元従業員らは孫氏に取り入ろうとする風潮、政治的な内輪もめ、ハラスメント、法順守の問題、異常に高いリスク許容度などが内在する環境を指摘する。
ソフトバンク上級幹部の権力争い、孫氏のビジョンに影投げ掛ける
ビジョン・ファンドの500人近い従業員は世界のオフィスに散らばっているが、幹部の多くはロンドンのタウンハウスから指揮を執っている。ソフトバンクGに近い複数の関係者によれば、孫氏は何年もこの本部を訪れたことがない。
同ファンドが出資するユニコーン探しを率いる人材として、孫氏はドイツ銀行出身のラジーブ・ミスラ氏を起用した。ミスラ氏は投資チームにドイツ銀やゴールドマン・サックス・グループから人材を呼び込んだ。チームはスタートアップへの投資と同時に公開企業への複雑な投資も手掛け、チャーター・コミュニケーションズやエヌビディアの株式売買で利益を上げた。
こうした間に、ビジョン・ファンドの職場はウォール街のような男性中心主義と攻撃性に染まっていった。最高財務責任者(CFO)のナブニート・ゴビル氏からモルモン教徒は信者が多いユタ州に帰れと言われた従業員や、集団の面前で????責(しっせき)された女性の会計担当者はその後退社したほか、中国人に対する差別的発言もあったと、複数の関係者が明らかにしている。ゴビル氏は広報担当者を通じ、こうした言動を否定。ソフトバンクGは記録がないとしている。
ビジョン・ファンドの独特な文化やばらつきある投資を巡り、シリコンバレーのうわさに登場するのはジェフ・ハウゼンボールド氏だ。青いフェラーリを運転し自分は飲まないのに高級ワインを集める同氏を知人は、優秀だが傲慢(ごうまん)な人物と評する。
同氏はフィットネスバイクのぺロトン・インタラクティブに投資するかどうかを協議する場で性的な発言をしたり、ソフトバンクGが筆頭株主でがんの遺伝子検査を手掛けるガーダントヘルスの個人的な持ち株を売却したりなど、倫理やコンプライアンスが問われる行動があったと、関係者らが明らかにしている。ハウゼンボールド氏に何ら不正があったわけではないが、そのままで済んでいる状況にビジョン・ファンドの一部幹部は驚いているという。
ソフトバンクVFに2人目の女性パートナー、女性起業家後押しへ
同氏はポートフォリオに宅配アプリを手掛けるコロンビアのラッピなど有望企業を抱えるが、女性がトップの少なくとも2社は憂き目に遭った。ワグのヒラリー・シュナイダー最高経営責任者(CEO)は犬の散歩代行アプリ利用を定着させられずに辞任、ソフトバンクGは今月出資を解消した。オンライン小売りブランドレスの共同創業者ティナ・シャーキー氏に対しては、倉庫と流通ネットワーク構築投資を促して実施させた後に更迭、さらに売り上げ低迷で2回目の出資をやめた。取締役会は後に、この資金は必要なかったと判断。ハウゼンボールド氏は10月の会議で、女性CEOを支援しようとしていたと主張した。
ミスラ氏はハウゼンボールド氏を貴重なチームメートと呼んでいる。ミスラ氏はビジョン・ファンドの幾つかの投資がうまくいかなかったことを認めつつも、2年半の間に763億ドルを投資し数百人のプロを雇用したのは成果だと強調。「ミスはあったものの、そこから学び続けている」と語った。
ビジョン・ファンドが失敗から学ぶとすれば、ウィーワークからはさぞかし大きな教訓が得られることだろう。ウィーワークの失敗はビジョン・ファンド側の内部混乱や文化のせいにすることはできない。すべて孫氏から始まっている。
孫氏はかつてアリババ・グループ・ホールディングの馬雲(ジャック・マー)氏や米ヤフーのジェリー・ヤン氏に対してそうだったように、ウィーワーク創業者のアダム・ニューマン氏に魅了された。シェアオフィス事業ならもっと良い条件の投資先があると助言するアドバイザーに耳を貸さず、巨額資金を投じて高成長を要求し企業価値を押し上げるといういつものパターンにまい進した。
結局、ウィーワークの新規株式公開(IPO)が頓挫した際、ソフトバンクGとビジョン・ファンドはウィーワーク株29%を保有し、同社救済を余儀なくされた。孫氏に近い人物は同氏が「間違った会社を選んだ」と述べた。
孫氏自身もそれは分かっている。11月の決算発表後の会見で、「私自身の投資判断がまずかった。反省している」と語った。
ソフトバンクGが反落、ファンド1兆円赤字-孫社長は反省と強気
米カリフォルニア州パサデナで開いたビジョン・ファンドの会合で孫氏は「コーポレートガバナンス(企業統治)」や「キャッシュフローへの道筋」などの言葉を強調したという。これまでの孫氏とは違ったと参加した投資家の1人が述べた。
公開企業であるソフトバンクGの投資家やアナリストにとって問題なのは、ウィーワークやその他のミス、構造問題からのビジョン・ファンドへの打撃が同社を弱体化させたのではないかということだ。ウーバー株下落を見た投資家には、同業の中国の滴滴出行、東南アジアのグラブ、インドのオラへの巨額投資も不安材料だ。
ビジョン・ファンドの資金のうち、約400億ドルは優先株で構成され、これは外部投資家に年7%の配当を保証している。ソフトバンクGの持ち分280億ドルは全額が自己資本で、利益も損失もどちらも大きく響く。同社の状況に不安を抱き退社した元幹部は、「ビジョン・ファンドはうまく行けば大きな利益が得られるよう設計されているが、悪くなったときは悲惨だ」と話した。
しかし、ミスラ氏は前進するのに意欲満々のようだ。カリフォルニア州サンカルロスのソフトバンクGのオフィスで同氏は、ビジョン・ファンドが既に投資家に還元した99億ドルや保有する巨額の公開株について強調。これまでに8件のIPOを実施しポートフォリオ企業2社を売却、累積の投資利益は114億ドルに上ると説明した。
サウジアラビアのファンドやアップル、フォックスコンなど潤沢な資金を持つ出資者らが近い将来に資金の返還を必要としているわけでもないとして、「発足から2年半のファンドとしては素晴らしいニュースばかりだ」とミスラ氏は電子たばこを吸いながら話した。
向こう1年には、人工知能(AI)がもたらす変革に伴う膨大な機会など、さらに素晴らしい投資チャンスがあるだろうとも予言。ミスラ氏のチームはビジョン・ファンド第2弾を立ち上げ、サウジのほか、アブダビ首長国のムバダラ開発公社が再び投資してくれることを期待している。孫氏の仲間は誰も2号ファンドの規模を明言しないが、1号より大きくなる可能性は示唆している。
原題:SoftBank Vision Fund Employees Depict a Culture of Recklessness(抜粋)