脱北国軍捕虜が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長を相手取って起こした損害賠償請求訴訟で勝訴したことを受けて、北朝鮮政権の人権および財産犯罪に対して正恩氏を相手に金銭的賠償を受け取ることができる道が開かれた。

特に今回の判決は文在寅(ムン・ジェイン)政府が尊重すると強調してきた「強制動員被害者に対する日本戦犯企業の損害賠償判決」と同じ性格の判決で、同じ論理で政府が簡単に介入できない状況なので南北関係に大きな波紋を呼ぶ可能性がある事案だ。

◆国軍捕虜80人に北朝鮮による韓国人拉致被害者まで連続提訴の見込み

7日、ソウル中央地方法院は国軍捕虜出身のハンさん(86)とノさんが北朝鮮と正恩氏を相手取り起こした損害賠償請求訴訟で原告勝訴の判決を下した。損害賠償認定額はそれぞれ2100万ウォン(約189万円)。2審の結果と大法院の判決まで見守らなければならないが、北朝鮮の反人道的犯罪に対する記念碑的な判決という評価だ。特に、正恩氏が控訴できない状況でこの判決が確定する場合、南北関係に別の変数として作用する場合があるとの見方が支配的だ。

まず、国軍捕虜の追加訴訟が予定されている。今回の国軍捕虜訴訟をサポートした市民団体「忘れな草国軍捕虜送還委員会」(以下、「忘れな草」)によると、身元が確認されている韓国内の国軍捕虜は合計80人になる。生存者23人のうち2人が今回訴訟を起こして勝訴した。「忘れな草」は残りの生存者21人をはじめ、故人になった57人の国軍捕虜遺族の意思を確認した後、追加訴訟を進める方針だ。

今回の判決は先月の韓国戦争(朝鮮戦争)勃発70周年に合わせて提起された北朝鮮による韓国人拉致被害者損害賠償訴訟にも影響を及ぼす展望だ。韓国戦争の拉致被害者とその子孫13人がソウル中央地方法院に届出た北朝鮮に対する損害賠償請求額は約3億4000万ウォンだ。訴訟の支援を行っている保守指向弁護士団体「韓半島(朝鮮半島)の人権と統一のための弁護士の会(韓弁)」のイ・ホン弁護士は「追加訴訟を起こしたいという連絡が相次いで入っており、2次訴訟を準備中」と明らかにした。

◆韓国統一部、南北連絡事務所爆破に対する損害賠償訴訟も可能

何よりも、最近北朝鮮が一方的に爆破した開城(ケソン)工業団地内の南北共同連絡事務所に対する被害補償を受け取る道も開かれたとみることができる。今回、国軍捕虜訴訟を進めたキム・ヒョン弁護士は「(原則的に)今回の判決で統一部が北朝鮮政府に対する損害賠償訴訟を国内裁判所に提起して被害の賠償を受けることができる道が開かれた」と説明した。

実際に、爆破直後、統一部は国際投資紛争解決センター(ICSID)や国際司法裁判所(ICJ)提訴など国際法を適用して賠償責任を問う方案を検討した。しかし、国際法上、北朝鮮の同意がなければ国際訴訟そのものが不可能で現実的でないと結論付けた。しかし、今回の判決で国内裁判所を通した損害賠償の可能性の道が開かれたのだ。南北共同連絡事務所には工事費および改・補修費用、運営費として約300億ウォンの血税が投入された。

また、9000億ウォン余りの財産を残したまま開城(ケソン)工業団地を離れてきた開城(ケソン)工業団地入居企業のほか、金剛山(クムガンサン)観光50年事業権や土地開発権など9229億ウォンを投資した現代峨山(ヒョンデアサン)なども訴訟が可能だ。約3万人に達する脱北者も訴訟が可能だというのが法曹界の見方だ。

◆「日本強制徴用判決尊重」叫んだ政府、「二重定規」は難しい

2018年に大法院(最高裁に相当)は強制動員被害者に対して日本戦犯企業が損害賠償をしなければならないという確定判決を下した後、文在寅(ムン・ジェイン)政府は「司法府の判断には政府が介入できない」という基本立場を守ってきた。日本政府が輸出規制報復措置を強行するなど韓日葛藤が悪化の一途をたどる状況の中でも「裁判所の判決を尊重しなければならない」と強調した。

これに伴い、北朝鮮政権および正恩氏に対する損害賠償責任を明示した今回の裁判所判決に二重定規を突きつけるのは難しそうな展望だ。このような事情で、最近南北関係で北朝鮮が問題視している「ビラ」とは比較できない「台風の目」になるのではないかとの分析も出ている。

訴訟団は「勝訴」という象徴性を越えて、国内および世界各国にある北朝鮮の資産に対する差し押さえを通じて実際に賠償を受け取るという方針だ。国内には南北経済文化協力財団が裁判所に供託中の20億9200万ウォンの朝鮮中央テレビ著作権料が北朝鮮資産に分類されている。イ・ホン弁護士は「朝鮮中央テレビ著作権料はもちろん、海外各国に隠されている北朝鮮の財産に対しても、追跡および差し押さえ手続きを進める」と明らかにした。

すでに米国では「ワームビア訴訟」を通じて北朝鮮隠匿財産に対する追跡および差し押さえ手続きが進められている。北朝鮮に長期間抑留された後に死亡した米国人大学生オットー・ワームビアさん(1994~2017)の家族は、米国裁判所に正恩氏と北朝鮮を相手取り起こした訴訟で5億ドル(約5800億ウォン)の賠償判決を受けた後、各国に隠されている北朝鮮の財産を差し押さえている。

韓東(ハンドン)大学国際地域学のパク・ウォンゴン教授は「今回の判決は日本強制徴用企業に対する損害賠償訴訟と米国のオットー・ワームビア訴訟などと似たような性格を持つ」とし「被害者が国際社会の北朝鮮人権NGO(非政府組織)および米議会と力を合わせることができれば、当然北朝鮮に対する資産凍結および差し押さえまで進むことができる事案」と説明した。

パク氏は「このような状況に対して三権分立に対する理解がない北朝鮮の立場では韓国政府に鋭敏に反応するだろう」と展望した。