経済産業省の事業をめぐって国会で野党が追及を続けた再委託問題。多数の下請けが絡んで利益の「中抜き」が懸念されるなかで、委託が繰り返された先の現場はどうなっているのか――。経産省の事業の再々委託先で働いていた30代男性が「経産省は知らないでしょう」と、その実態を取材に語った。

 男性が働いていたのは、東京都内のあるIT関連会社。昨年10月の消費増税に伴う消費の冷え込みを防ぐため、今年6月30日まで実施された経産省の「キャッシュレス・消費者還元事業」の一部業務を受託していた。

 男性がいた頃、この業務には別々の会社から集められた20~30代の男女20人ほどが携わっていた。男性も都内にある別の会社の正社員だったが、「就職して1カ月足らずでIT関連会社に送り出され、別々の会社から集められた人たちを取りまとめる役割を任されていた」という。

拡大するキャッシュレス・ポイント還元事業のホームページ。事業は6月30日で終了した

 経産省から事業を請け負ったのは「一般社団法人キャッシュレス推進協議会」。受託費の93%にあたる約316億円で、大半の仕事を広告大手電通などに再委託していたことが今年の通常国会でも取り上げられた。男性が働いていたIT関連会社は、電通から仕事を受託していて、再々委託先にあたる。

 男性が「おかしい」と気付いたのは、昨年7月に働き始めて間もなくのことだった。IT関連会社の社員から直接指示を受けるようになった。タイムカードの打刻機で勤務時間を管理され、休憩時間も決められた。「これは偽装請負ではないか」と疑うようになったという。

東京・汐留の電通本社ビル

 偽装請負とは、実際は労働者を派遣している状態なのに、請負契約を装うことで会社側が様々な責任や義務を免れようとする違法な雇用形態だ。

 男性は、雇用主の会社から「SES(システム・エンジニアリング・サービス)契約に基づく」と説明を受け、IT関連会社に送り出されたという。顧客のオフィスでシステム開発や保守などをする業務委託契約の一つだ。仮にこの契約なら、IT関連会社側が男性に直接、指揮・命令をすると偽装請負とみなされかねない。

 IT関連会社の社員は当初、別々の会社から来た数人の前で「SES契約だから、みなさんに業務に関する指示はできない」と話していたという。「しかし業務が本格化するとうやむやになり、指示を出し始めた。契約を切られるのはまずいので言い出すことはできなかった」と男性は振り返る。

 男性がIT関連会社で働いていたころに雇用主の会社から支払われた給与の明細には「基本給 15万7600円」とある。当時の東京都の最低賃金(時給985円)の水準だ。男性は昨年9月でIT関連会社での勤務を打ち切られ、元の会社も辞めたという。

再々委託の現場で働いていた男性の給与明細

 一緒に働いていた人の中には「公的な仕事に関われるのがうれしい」と話し、やりがいを感じている若者もいたという。「でも再委託が繰り返された末端には、低賃金で偽装請負が疑われるような現実があることを、経産省は知らないでしょう」と話す男性は、「違法ではないかという不安や戸惑いではなく、公の仕事に素直に誇りを感じられるようにしてほしい」と訴える。「国が巨額の税金を使って進めた事業は、社会人経験が浅く、低賃金でも働かざるを得ない若い人たちの支えで成立していることを知ってほしい」

 偽装請負の問題に詳しい脇田滋・龍谷大名誉教授(労働法)は、雇用主の会社とIT関連会社の間で労働者派遣法に基づいて派遣契約が結ばれていないなら、「偽装請負以外には考えられない」と指摘。「国や自治体の事業で再委託が繰り返され、末端で偽装請負などの違法がまかり通る状況が放置されているとすれば問題だ」と話した。

 男性が働いていたIT関連会社は取材に対し、「受託業務の遂行にあたっては6割を当社社員、4割を労働者派遣契約に基づいて派遣されたスタッフにて遂行している」と回答。偽装請負との指摘については「事実の有無について調査する」と答えた。(保坂知晃)