共同通信の前論説副委員長だった柿崎明二氏が菅政権の首相補佐官に今日付で就任した。権力チェックを厳しく行う共同通信の幹部だった人である。その人が権力の中枢に飛び込む。毎日新聞同期入社だった龍崎孝氏は「がっかりした」とT B Sの「ひるおび」で感想を述べていた。ジャーナリストとしての大志を抱いてこの世界に共に身を委ねた優秀な同期が、監視すべき権力の中枢に飛び込むことへの戸惑いだ。メディアから首相補佐官への就任ははじめてだという。異例の人事であることは間違いない。共同通信は加盟各社に説明文を配布し、事態の経緯を報告した。「ここ数ヶ月間に柿崎が執筆した記事の内容を点検しました。菅氏に対する公正性を疑われるような内容はありませんでした」との弁明が目的。二人は共に秋田県の出身。地元紙である秋田魁新聞は「横手出身・柿崎氏、菅政権でメディア対策か、『報道不信招く』と懸念も」との見出しで事実関係を伝えている。

メディアの戸惑いが手にとるようにわかる。柿崎氏の政権入りには賛否両論あるが、論拠を精査する以前に権力をチェックする側の報道機関の中枢にいた人物が、時の政権の中枢に突然転職するという前代未聞の事実にどう対応すべきか、答えが見つからないまま慌てふためいているようにみえる。新型コロナウイルスという未知なる感染症に直面した時の戸惑いに似ている。個人的には「悪くはない人事だ」と思った。菅首相のとてつもない懐の深さを垣間見たような気がした。ただし、この人事の評価は結果次第だろう。それを決めるのは柿崎氏自身だ。柿崎氏は自信があるのだろ。だが結果を出すのは至難の技だ。それを知った上での決断だとすれば、柿崎氏の胆力も相当なものである。仮にそうでないとするならば、今回の決断は「無謀」というものだ。

柿崎氏はひるおびのキャスターを務める恵氏に「私は魏徴(ぎちょう)になりたい」とメールで伝えたそうだ。唐の第2代皇帝・太宗に仕えた四天王の一人だ。兄である初代皇帝は優秀な弟を暗殺しよとするが、太宗は事前にこれを察知して兄を殺害する。魏徴はその初代皇帝の側近である。敵の側近を閣内に取り込んだ太宗の器が、時に敵対したメディアの人材を抜擢する菅首相の懐の深さに通じる。そして魏徴は太宗に対する諫言居士として知られている。柿崎氏はその魏徴を目指すという。ならば、前職がなんであっても問題はない。注目に値する発言だ。柿崎氏の職責は菅政権の政策の「評価検証」だとされる。抽象的でよくわからないが、秋田魁が懸念する「メディア対策」ならば多くの関係者は失望するだろう。そうではなく、国民の声を権力中枢に届ける役割を担うのだとすれば期待できる。だがそれは茨の道でもある。