昨年の米大統領選をめぐって、「票が操作された」などという根拠のない情報は米国にとどまらず、世界中に広がった。米国の研究によると、特に日本語での拡散が目立ったという。なぜなのか。
米コーネル大の関連教育機関「コーネルテック」のモル・ネーマン教授らのチームは、「選挙を盗むな」「投票詐欺」などをキーワードに、大統領選前後の760万件のツイート、2560万件のリツイートを抽出、分析した。対象者は260万人に上った。
情報の流れ方を追ったところ、2万人以上の利用者で構成される大規模な日本語話者の集団が見つかった。米国に多く暮らす、スペイン語話者の規模も上回っていたという。
アカウント停止、米以外は手薄?
この日本語話者の集団の中には、著名な作家や、保守系の政治活動家のツイッターアカウントなども含まれていた。ネーマン教授らは朝日新聞の取材に「日本を事前に選んだのではなく、データ分析の中から見つかった」と語った。
今年に入ってから、英語話者の集団では大きな変化が起きている。1月6日に米連邦議会議事堂が襲撃されたことを受け、ツイッター社は陰謀論集団「QAnon(キューアノン)」に関連する7万以上のアカウントを凍結。この結果、影響力の大きかった20アカウントのうち、16アカウントからの発信が止まった。
しかし、日本語話者の集団で影響力が大きい20アカウントのうち、凍結されたのは一つだけだ。ネーマン教授らは「ツイッター社は英語圏のアカウントを禁じることに主眼を置き、他国における誤情報にはあまり行動を起こしていないようだ」と指摘。「信頼できる情報は民主主義において不可欠だが、言論の自由とのバランスを取る必要がある」とする。
米国の陰謀論が、日本で特に拡散しているという分析結果は、他にもある。
米国のソーシャルメディア分析会社「グラフィカ」によると、「QAnon」を広めようとする集団は昨年、米国以外では日本とブラジルで確認された。グラフィカは昨年8月の報告書で、日本の集団は米国発の「情報」を翻訳するなど、全体としては米国から影響を受けつつ、違った形で発展したと指摘。特に、トランプ氏に近いマイケル・フリン元大統領補佐官への支持が、日本では集団を活気づけていたという。
グラフィカの最近の調査では、昨春の時点でツイッターに頻繁に接続していた「QAnon」の同調者とみられる1万3856アカウントのうち、8859アカウント(64%)は1月下旬時点で使われなくなっていた。ツイッター社の措置が理由とみられる。グラフィカは「日本のQAnon集団も大きな影響を受け、45%が使用されなくなった」と分析。しかし、米国の集団の62%と比べると、使用停止の割合は低いとしている。(藤原学思=ニューヨーク、篠健一郎)
「『陰謀論』を恐れるな」
米大統領選をめぐって、日本のSNS上でどのような情報が広まったのか。一つの例は、ジョー・バイデン氏が昨年10月にポッドキャストのインタビューで話した内容がきっかけだった。
「私たちはアメリカの政治史上、最も広範で包括的だと思われる、voter fraud organizationを作りました。(中略)投票で何か問題があれば○○○に電話をしてください。何千人もの弁護士がそれに答えます。私たちが既に行っている支援を受けられるでしょう」
「voter fraud」は英語で「投票不正」を意味する。バイデン氏は本来は、「有権者を支援するための組織」を作ったと話そうとしていたが、意味が違う言葉を誤って使ったのだ。インタビュー全体を聞けば趣旨は明らかであり、陣営も後から修正した。
しかし、「voter fraud organization」という部分だけを切り取った動画がすぐに作成され、トランプ陣営などによって「バイデン氏が不正投票をする組織を作った」という誤った意味で広められた。日本でも「不正投票組織」と訳され、一気に拡散した。
SNS分析ツールの英ブランドウォッチを使い、11月3日の投票日を含む1カ月間を11月末に調べたところ、「不正投票組織」を含むツイートは投票日の2日後の5日が最多で、約3万6千件あった。英語の「voter fraud organization」を含むツイートは同じ日に約4万4千件で、ツイートの推移をみると、英語に合わせて日本語のツイートも増えたことがわかる。
同じように英語から日本語へとつたわっていく例は、大統領選の投開票をめぐってもあった。中西部ウィスコンシン州では最大都市ミルウォーキーの票が加わったことでバイデン氏がトランプ氏を逆転したが、「バイデン氏の得票数が短時間で増え、投票率が200%を超える計算になる」という誤情報が広がり、日本語でも「投票率200%」というフレーズが拡散。11月4日から6日に「ウィスコンシン」と「200%」の両単語を含むツイートは英語で約8200件に対し、日本語では約5万2千件と、大幅に多かった。
ネット炎上の仕組みに詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授はこうした情報が拡散した理由として「バックファイア効果」「メディアへの不満」「検証の難しさ」の3点を挙げる。
「バックファイア効果」とは、人は信じたい情報を否定されればされるほどその情報をより強固に信じてしまうことがある、という心理学の現象だ。例えば「選挙不正」を強く信じる人はメディアがファクトチェックでそれを否定しても「メディアがウソを言っているんだ」と反発し、むしろその情報をより強く信じるようになる。
山口准教授によると、メディアへの信頼度が世界的に下がっていることも、「間接的に(真偽不明の情報の拡散に)影響を与えている」。さらに「郵便投票で不正があった」という市民が独自に検証することが難しい投稿に対し、SNS事業者が「警告」マークを付けるなどした結果、「SNSが独自の判断をしたのは許せない」などと、怒りを増幅させたとみる。
英語から日本語に広がった理由について、山口准教授は、米大統領選が世界的なニュースであることに加え、2021年秋までには日本でも総選挙が行われることから、「(トランプ氏が主張した)『選挙不正』が、日本の選挙でも起こりえると考えた人もいたのではないか」と話す。こうした情報の発信者については「必ずしも知識不足な人ではなく、むしろデータをグラフで見せるなど、論理的な面もある」と指摘する。
「ネット上で右翼的な言動をする人が目立っていたのは間違いないが、それだけでは説明ができない広がり方だ。保守層に加え、リベラル層の一部もそうした情報を拡散していた」
真偽不明の情報は、今後も日本のSNS上で広がっていくのか。山口准教授は「警戒はしないといけない」としつつも、「陰謀論」それ自体を恐れてはいけないと言う。
「人づてに広がっていた情報がSNSの登場で可視され、拡散も加速した。しかし、陰謀論は昔からあり、すべてなくそうとすることは現実的ではない。むしろその存在を前提に、政治や社会に与える影響をどう軽減できるかを考えていくべきだ」