コロナウイルスは我々に様々な思考実験を課しているような気がする。政府は五輪で一般外国人の受け入れを禁止する方針を固めたようだ。半年先のことをどうして今頃決める必要があるのだろう、素人的にはそう考える。昨年、緊急事態宣言の発動に合わせて北海道大学(当時)の西浦教授が打ち出した接触機会の8割削減にも違和感があった。「なんでそうなるの」と当時は思っていたのだが、これが実に「誤解」に基づくものだという専門家の意見を最近目にした。大阪大学招聘教授で免疫学会の会長を務めたことのある宮坂昌之氏の著書「新型コロナ7つの謎」に書いてある。157ページに「これは明らかな誤解です」とある。西浦氏は昨年の4月15日、「このまま何もしなければコロナの重症者は85万人に達し、死者は42万人になる可能性がる」と主張した。

西浦教授の説は「ロックダウンの可能性も」という小池都知事の1年前の発言同様、国民を“恫喝”して感染拡大を阻止する上で大いに役にたった。だが日本には、いまもそうだが、ロックダウンを発動する法律は存在しない。小池氏の発言はちょっと考えれば「絶対にない」ことはすぐわかる。だが、誰もそこは問題にしなかった。数理感染学が専門の西浦教授の推論の正当性を当時は誰も問わなかった。安倍首相も「接触機会を8割削減しないと近い将来日本は大変なことになる」と強調、緊急事態宣言の発動が不可避であると説明していた。いまさら西浦理論の論理的根拠を問題にしてもなんの意味もない。それはそうだが未知なるものに遭遇すると日本人は、誤解を正論として受け止め、誤解の上に推論や憶測を重ね、未知なる恐怖に立ち向かおうとしているような気がするのだ。これはおそらく日本人だけではないだろう。

西浦理論は英国のニール・ファーガソン、スウェーデンのアンデシュ・テグネル両教授の考え方近いと著者は指摘する。両氏とも集団免疫論の主導者。イギリスのジョンソン首相は当初ファーガソン教授の意見を取り入れて初期対応に失敗している。宮坂氏によると集団免疫は「6割が免疫を持っていないと感染は拡大していく」というのが正しい解釈。西浦氏は「免疫を持たないと6割が感染する」と解釈した。これが誤解だというのだ。興味のある人は著書(講談社、ブルーバックス)で確認を。余分なことだが、著者の宮坂氏は高校の剣道部の先輩。双子の兄。私が入部した時は一浪で京大医学部志願の受験生だった。時々というかほぼ毎日、日課のように放課後になると剣道場に来て後輩に稽古をつけていた。西浦理論を“誤解”と一刀両断するように、当時の稽古はものすごく厳しかった。