[チューリヒ/ロンドン 25日 ロイター] – 世界が新型コロナウイルスの大流行で激動し、第二次世界大戦後で最悪の景気後退に見舞われた昨年、超富裕層の富はさらに膨らみ、過去最大に達した。
コロナ大流行による破壊の跡は全世界に散乱しているが、超富裕層の一部は財産を維持し、一層強固にする手だてについて資産運用会社と相談を進めている。また政府や社会全体から復興コストの負担を求められることを想定し、先手を打った対応の方法を考えている超富裕層もいる。
富裕層は貧富の格差縮小にもっと取り組むべきだとの主張を掲げる政治団体「パトリオティック・ミリオネアズ」の代表、モリス・パール氏によると、米株式市場が1年前に暴落したが、パール氏の運用資産は昨年7月ごろまでに暴落前の水準に回復、今ではこれを大幅に上回っている。「根本的な問題は全体的な不公平が深刻化しつつあることだ」と言う。
<富裕層増税まえに資産売却の動き>
富豪が模索している対応策は、慈善活動への資金拠出から、信託基金への資金・事業移転、税制上有利な国・州への転居に至るまで幅広い。「ミリオネア(富裕層)」と「ビリオネア(超富裕層)」7人と、資産運用担当者20人余りへの取材で明らかになった。
スイスの富裕層向け資産運用会社ティーデマン・コンスタンシアのロブ・ウィーバー最高経営責任者(CEO)は「すべての人にツケが回ってくるのは火を見るより明らかだ」と話した。一部の顧客は事業など主要資産を増税前に売却することも検討しているという。
富裕層向け資産運用会社によると、米国はバイデン大統領が富裕層増税に動く見通しとあって、顧客から信託設立の需要が特に強いという。
現在は信託を使うと相続で1人当たり1170万ドル(約12億7800万円)まで控除が受けられる。バイデン氏は選挙期間中、この控除上限を2009年の水準の350万ドルに戻すことを提案していた。
ウィルミントン・トラストのアルビナ・ローによると、顧客の大半は昨年第4・四半期まで様子見姿勢だったが、昨年11月の米大統領選・議会選後に動きが加速したという。
<機敏な動きで市場変動を活用>
フォーブスによると、昨年は大規模な景気対策が追い風となり、超富裕層の3分の2近くが富を増やし、最も増加幅が大きい層は保有資産が過去最高となった。超富裕層全体では、昨年12月半ばまでに推計20%資産が増えた。
UBSのマクシミリアン・クンケル氏によると、超富裕層の多くは一般的な個人投資家には無縁の投資機会を享受、短期のデリバティブ(金融派生商品)取引などを駆使して、相場の急変動から利益を得た。
資産価格が急落したとき、UBSの最大級の富裕層顧客は最終的に相場が回復すると見込み、プットオプション(売る権利)を売却したり、より複雑なリスクリバーサルを利用したりして利益を得た。
クンケル氏は「顧客の一部は並外れて機敏に動き、過去最大級の市場の変調に便乗した」と述べた。
各国政府が負債を膨らませ、社会不安が高まる今、超富裕層は自分たちの富へのスポットライトが強まるであろうことを自覚している。
富裕層の多くは、税務当局からの要求が迫っていることを意識し、相続のために資金を信託基金に移す計画を加速している。
ボストン・プライベートのジェーソン・ケイン氏によると、富豪一族は超低金利や資産価格の下落などコロナ禍で生じた特異な環境を利用し、将来の納税額を圧縮するため、事業など資金以外の資産も信託基金に移そうとしている。
<税負担軽い地域への転居も>
超富豪に親切な国や地域に移転するという、もっと大胆な行動を取る人々もいる。クレディ・スイスのババク・ダストマルトシ氏によると、透明性が高く、開かれ、国際的に認知されているなどの条件を備えた国・地域が候補で、スイスやルクセンブルク、シンガポールなどが人気だという。
ヘンリー・アンド・パートナーズによると、富裕な個人からの転居の問い合わせはコロナ流行期に急増。昨年は米国の顧客からの問い合わせ件数が前年から206%増加し、ブラジルからは156%増えた。
新興国の多くでは公共サービスのひっ迫が社会不安を引き起こすとの懸念が高まり、特に比較的若い富裕層が海外への転居を目指している。
ジュリアス・ベアのベアトリス・サンチェス氏は「コロナは王様を裸にした。人々は突然気付いたのだ。自分たちの医療体制はぜい弱で、社会の安全網は実際には手に入らないということに」と話した。
クレアフェルド・シチズンズ・プライベート・ウェルスのシンディー・オストラガー氏によると、富豪の多くがニューヨーク市から、ロングアイランドの高級避暑地ハンプトンズなどに転居した。当初はコロナ感染を避けるためだったが、その後は税負担の軽さが理由になった。
プライベート・ウェルス・グループのクリスティ・ハンソン氏によると、テキサス、フロリダ、ワシントンなど税の軽い州も人気がある。
<注目浴びる慈善活動>
各国は引き続きコロナ禍への対応に苦しんでいるが、エコノミストはより大きな問題が切迫しつつあると指摘する。全般的な景気動向と超富裕層とのかい離だ。
シンクタンクの政策研究所とアメリカンズ・フォー・タックス・フェアネスの調査によると、米国の富裕層の保有資産はコロナの流行開始から今年3月初旬までに1兆3000億ドル、50%近く増えた。富裕層の保有資産総額は4兆2000億ドルと、昨年の米国内総生産(GDP)の約20%に達した。これは全国民3億3000万人のうち所得水準が下位半分の保有資産総額の2倍に相当する。
ノーベル経済学賞受賞者で米コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ氏はトランプ前米政権の富裕層向け大規模減税を念頭に、「不平等を称賛する4年間が過ぎ、人々は今、あれは正しい答えではなかったと口にしている」と述べた。
UBSのジュディー・スパルソフ氏によると、コロナ流行で多くの超富裕層は社会的理念に関心を向けるようになった。特に若い富裕層の間で格差問題が話題に上ることが目立って増えたという。
「確かにわれわれは成功した。一所懸命に働いて成功を手に入れた。だが回りの世界に目を閉ざすのはやめよう。自分たちだけの世界から踏み出せるようになろう」といった会話が富裕層一族の間で頻繁に聞かれると、スパルソフ氏は話した。
多くの富裕層にとって、それは慈善活動への資金拠出を意味する。
スパルソフ氏のチームでは、反貧困活動「アクション・アゲンスト・ハンガー」などに資金を提供するUBSオプティマス財団と提携する顧客が急増し、昨年の寄付金は1億6800万ドルと前年から74%増加した。
(Brenna Hughes Neghaiwi記者、Simon Jessop記者)