• 米顧客関連で損失計上の可能性発表後、野村HDの株価は急落
  • トップマネジメントの責任であること免れない-ジェフリーズ

野村ホールディングス(HD)の奥田健太郎グループCEO(最高経営責任者)の就任後1年間の業績は好調に推移した。米国のファミリーオフィス、アルケゴス・キャピタル・マネジメントを巡る問題が発覚するまでは。

  奥田CEO(57)の就任1周年を数日後に控えた29日、野村HDは、米子会社での顧客との取引に起因し、20億ドル(約2200億円)規模の損害が発生する可能性があると公表。事情に詳しい複数の関係者によれば、取引相手はアルケゴスだという。

  アルケゴスは、米ヘッジファンドであるタイガー・マネジメントの元トレーダー、ビル・フアン氏の財産を管理・運営するファミリーオフィス。先週、マージンコール(追加証拠金の要求)に応じられなかったことを受け、取引先銀行から200億ドル相当の保有株式の売却を強いられた。

  野村HDの株価は29日、上場来最大の16%下落。約3800億円の時価総額が失われ、幹部らが望んでいた持続可能な利益を上げる新時代の到来につながる転機が脅かされつつある。ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループのリポートによると、今回の損失が現実になれば野村HDの2021年3月期の下期の税引き前利益の大半を消し去るリスクがある。

  ジェフリーズ証券の伴英康アナリストは「ロスリミット(損切り)のコントロールという点で、野村は他社から学ぶことが多いのではないか」と指摘。今回の件は「広い意味で、トップマネジメントの責任であるということは免れないと思う」と話す。

  匿名を条件に取材に応じた野村HDの幹部は30日、同社がフアン氏と長い付き合いがあったと述べた。取引がいつ始まったかは不明だ。

  フアン氏は12年にインサイダー取引と中国の銀行株を操作した疑いで米証券取引委員会(SEC)から提訴され、タイガー・アジア・マネジメントとタイガー・アジア・パートナーズを閉鎖している。フアン氏とこれら会社は4400万ドルを支払い、同氏は和解条件として投資顧問業界で働くことを禁止された。

  野村HDの同幹部は損失発生の可能性が生じた原因について検証を始めていると述べた。アルケゴスに関連して残りのポジションがどのくらいあるのかについてはコメントを控えた。

  昨年4月にCEOに就任した奥田氏の下で、国内外でのトレーディングと投資銀行業務が好調だったことなどから、20年4-12月の連結純利益は米国会計基準の適用を開始した02年3月期以降で過去最高の3085億円に達していた。

  モーニングスターのアナリスト、マイケル・マクダッド氏は「予想外の損失が発生したことで奥田氏にとって比較的良いハネムーン(蜜月)の時期は終わった可能性がある」と指摘。野村HDは20年1-3月期に連結純損失を計上したが、奥田氏の就任を境に業績は絶好調へと転換。その原動力は今回、問題の起きた米国事業だった。

  野村HDは、今回の件による同社と米子会社の業務遂行や財務健全性への問題はないとしているが、アナリストの間では、21年3月期以降の業績や株主還元へのネガティブな影響は避けられないとの見方もある。同社の30日の株価は前日比0.7%安となり、過去1年間の上昇率は25%に縮小した。

  野村HDの広報担当者のコメントは得られていない。

リスク管理への関心高まる

  ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の田村晋一アナリストは30日付リポートで、「株価などの初期反応に続く次の展開として、最終的な損失額や詳細な取引内容だけでなく、リスク管理への関心が高まることが考えられる」と指摘。「仮に損失が特定顧客との取引なら単発・一過性の事象だが、リスク管理に問題があった場合は、類似取引への影響波及が懸念されることになりかねない」としている。

  一過性なのか、影響は広がるのか。国内当局も状況を見極めようとしている。金融庁幹部は29日、記者団に対し、まずは取引の適切な後処理が重要だとした上で、その後、リスク管理などについて確認することになるとの認識を示した。

  加藤勝信官房長官は同日の記者会見で「個別金融機関の個別の取引内容や財務に与える影響についてはコメントは差し控えるが、今後とも所管の金融庁、日本銀行、当該当局とも情報を共有しつつ状況を注視していく」と述べた。

  日本取引所グループ(JPX)の清田瞭CEOは30日の会見で、奥田氏と29日に会談したと明かし、「市場がなんとか大きな混乱に巻き込まれないよう期待している」と述べた。個別のヘッジファンドの事件と考えればリーマンショック時のような連鎖的な動きとは違うと思うとも述べた。

  野村HDは海外事業での損失計上が続き2年前に赤字に転落。22年3月期までの3年間で1400億円規模のコストを削減する構造改革に着手した。北村巧財務統括責任者(CFO)は「会社全体が筋肉質になってきたという実感がある」と収益力の底上げにつながっているとの認識を示してきた。2月時点の進捗(しんちょく)率は9割超だとしている。

1周年を襲った試練

  SMBC日興証券の村木正雄アナリストは、アルケゴス問題が発覚する前の26日の取材で4-12月期に過去最高益を更新した野村HDの業績について「外部環境も助けになっているが、コスト削減効果もあり、ボトムラインが大幅に回復した」と指摘。市場環境に加えて構造改革などの経営努力も寄与していると評価していた。

  順調な就任1年を迎える直前に奥田氏を襲った試練。就任直後からプライベート市場戦略の強化を打ち出し、こうした「奥田色」とも言える戦略が徐々に出そろい始めていたところだった。「打ち出したものの具現化は十分していない。一方で、就任1年目で成果を求めるのは早過ぎる感じがする」(村木氏)と市場の期待も高まっていた。

  モーニングスターのマクダッド氏は「野村の海外事業、特にニューヨークでの事業は非常に多額の利益を生み出すこともあるが、有害事象が発生すれば多額の損失につながることもある」と指摘。「米国で上場している株式オプションなど最近積極的だった一部の分野でリスクを取る意欲を引き締める可能性がある」と述べた。