新型コロナワクチンのリスクに関する報道が相次いでいる。こうしたリスクをわれわれはどう受け止めればいいのだろうか。メディアは報道するリスクを考えているのだろうか。ロイターによると欧州医薬品庁(EMA)は7日、英アストラゼネカとオックスフォード大学が開発した新型コロナウイルスワクチン接種とまれな脳血栓症の発症が関連している可能性があるとの認識を示した。EMAは声明で「アストラゼネカ製ワクチン接種後2週間以内に、非常にまれな血小板減少に伴う血栓症が発症する可能性がある」と指摘、医療関係者やワクチンを接種する人に注意を促した。非常に稀だが脳血栓を発症する可能性がある。専門家に言われれば一般の人は「できたらアストラゼネカのワクチンは接種したくない」と思う。こころの奥底に芽生える拒否反応、これも一種のリスクだ。

問題は「非常にまれ」をどう受け止めるかだ。記事によると脳血栓発症の事例は、このワクチンを3400万回接種して169人(4日現在、ブルームバーグは222人とある)が発症したという。数字上は確かにまれだ。厚労省のホームページを見ると感染者の死亡率は1.4%(1月6日現在)。これに比べれば脳血栓発症の確率は圧倒的に低い。血栓ができたとしても全員が死亡するわけではないから、脳血栓を併発して死亡するリスクは見た目以上に低い。EMAのエグゼクティブディレクター、エマー・クック氏は「新型コロナ感染症による死亡リスクはまれな副作用による死亡リスクよりもはるかに高い」と指摘する。要するに「接種するデメリットよりメリットの方がはるかに高い」、だから世界中の国で接種が行われている。発症した事例を見ると60歳以下の女性に限られている。だから英国は接種対象を60歳以上に引き上げた。

「非常にまれ」な事例であることは確かだ。接種に伴うリスクは非常に小さい。そのリスクが報道されれば心理的な拒絶感は膨らむ。それでもEMAなど規制機関は事実を公表し、メディアはそれを報道すべきなのだろうか。国民からみれば「知らない方が良い」こともある。では公表あるいは報道することの意味は何か。金融用語にセーフハーバー・ルールというのがある。不都合な事実を隠したり隠蔽したりすると罪になるが、公表したり報道していれば罪は問われない。公表は荒波を避けて安全な港(セーフハーバー)に避難することを意味している。要するにEMAは接種者のため(もちろんその意味はある)ではなく、自らを守るために公表するのである。「非常にまれな」リスクからわれわれが学ぶべきことは何か。科学技術が進化し情報化が浸透する社会で生き残るためには、リスクリテラシーを高める以外に方法はない。自分の身は自分で守れということだ。