卓球の水谷隼、伊藤美誠の混合ダブルスペアが、日本にとって巨大な壁だった中国に勝った。これまで鉄壁と見られていた中国の壁が最後はあっけなく崩れた。この勝利はきっと、日本卓球界に取り憑いていた中国コンプレックスを取り除くきっかけになるだろう。卓球界は東京五輪でまたとないレガシーを得たことになる。まさに「天の時、地の利、人の和」である。コロナ禍でのオリンピック開催は卓球界にとって「天の時」になった。東京という地の利に加え水谷、伊藤という幼馴染がペアを組んだ人の和も重なった。混合ダブルスがこの大会で正式な種目として採用されたことも天の味方だろう。人の和はペアを組んだ二人だけではない。倦むことなく連綿と努力を続けた先達や現役、未来を担う子供たちも入る。勝利後のインタビューで水谷は「いままでのすべてのリベンジができた」と振り返る。

水谷だけではない。日本卓球界は世界選手権やオリンピックなどすべての大会で中国に辛酸を舐めさせられてきた。押しても引いても叩いても崩れなかった壁が、きのうついに倒れたのだ。勝因は何か。中継で解説を担当した日本卓球協会強化本部長の宮崎義仁氏は次のように言う。「水谷のフルスイングが流れを変えた。勝ったことがない相手に浮足立って、第1、2ゲームは落としたが第3ゲームで水谷にスイッチが入った。普段はフルスイングせず相手に合わせるディフェンシブな水谷が、なりふり構わず攻めていった。ちょうど最終第7ゲームで2-9から大逆転したドイツ戦と同じ。ゾーンに入った。触発される形で伊藤も動きが良くなった」(日刊スポーツ)。この解説がすべてを物語っている。水谷のスイッチをオンにしたもの、それは独断と偏見で推測すれば「気持ち」だろう。出だしの2セットを落として吹っ切れた。ドイツ戦と一緒の展開だ。

スポーツに心技体はつきものだ。3つが揃って初めて勝てる。当然だろう。だが世界最高峰のアスリートが集うこの種の大会では、気持ちの持ち方が勝敗を大きく作用する。どんなに強い選手でも心のうちに不安を抱えている。第4セット以降、鉄壁の中国ペアの気持ちが揺れ始める。水谷のフルスイングに対して、キョの萎縮したプレーが散見されるようになる。それを見て伊藤は「ビビっている」とベンチで話したという。大袈裟かもしれないが日本ペアは終盤に入って中国ペアを「飲んでいた」のである。準々決勝で瀬戸際から片足が宙に浮くような危機に直面、そこから這い上がってきた経験が決勝戦で活きた。苦闘の末に勝ち取った勝利。この勝利には金メダル以上の重みがあるような気がする。一つの壁は二つ目、三つ目の壁へと連鎖する。さて中国はどうするか、卓球はこれから益々面白くなる。