谷口崇子

  • 金融審作業部会はすでに議論開始、4月以降に報告書まとめる見通し
  • 企業内の賃金格差の是正、一部労働者の賃上げにつながる可能性も

企業が投資家や株主などに対して開示する情報のうち、ESG(環境・社会・企業統治)関連など非財務情報の開示ルール策定方針に注目が集まっている。方針を打ち出した岸田文雄首相が強調する人材育成などの人的資本についての開示は、企業が投資家の要請に応えられていない分野の一つ。2022年中のルール策定に向け、今後議論が加速しそうだ。

Prime Minister Fumio Kishida News Conference As Japan Diet Wraps Up
Photographer: Yoshikazu Tsuno/Gamma-Rapho/Bloomberg

  非財務情報は、有価証券報告書(有報)で開示される財務情報を適切に理解するために記載される記述情報で、ESG関連のほか、経営戦略やリスク情報などがこれに当たる。岸田首相は月刊文芸春秋2月号への寄稿で、有報の非財務情報の開示充実に向け、金融審議会で専門的な検討をお願いすると言及。任意開示の報告書も含めた人的資本の価値評価基準についても今年夏には参考指針をまとめてほしいと述べた。

  金融審の開示に関する作業部会はすでに議論を開始しており、4月以降にルール作りに向けた報告書をまとめる見通しだ。世界的なESG重視の流れを受け、環境への取り組みや人材戦略を含むサステナビリティー情報について独立した記載欄を新設する方向で意見が集約されつつあるが、まだ詳細は決まっていない。

  岸田首相は昨年12月の会見で、ルール策定の理由を「人の価値を企業開示の中で可視化するため」と説明、賃上げを促進する狙いがあると明かした。財務上の経費である賃上げを通じた分配がコストではなく企業の持続的な価値創造の基盤になるとの考え方の下、株主にその価値を理解してもらう手段として非財務情報の「見える化」が必要だと説いた。

  マネックスグループの投資助言会社、カタリスト投資顧問の小野塚恵美副社長は「賃金は人的資本の活用に関して重要な要素」だとし、開示充実のプロセスの中で企業による価値創造の道筋の再確認や、重要事項の社内での浸透につながる効果があると説明。「首相のリーダーシップで企業の開示に弾みがつくことを期待している」と歓迎した。

求められる基準

  生命保険協会の2020年度の調査によると、企業は設備投資などを中長期的な企業戦略の重点項目だと考える一方、人材投資を重視する企業は32.3%と、投資家の認識(67.3%)を大きく下回った。これについて小野塚氏は「人材投資は幅広い概念で、どの分野を指すのか答えにくかったのかもしれない。企業との意見交換の場では、人材投資は重要かつ課題があるとの発言が以前より圧倒的に増えたと感じる」と話す。

  岸田首相は「人への投資」の例として、17日の施政方針演説で賃上げのほか「スキル向上、再教育の充実、副業の活用」を挙げた。それ以外にも、採用、多様性推進、職場環境の充実など幅広い解釈ができる言葉だけに、企業にとって分かりやすい基準が求められる。

  中でも賃上げに対する直接的な波及効果について、ドイツ証券の小山賢太郎チーフ・エコノミストは「人的資本の記述を充実させることで、例えば労働生産性に比べて賃金水準が低い企業、労働分配率の低い企業などは説明を求められ、結果的に賃上げが進む可能性がある」と指摘する。また、企業内の賃金格差の是正が一部労働者の賃上げにつながる可能性もあるとも述べた。

  その上で小山氏は「賃金の公正性の観点から開示をするなら、明確な数字を求めることが不可欠だ」とくぎを刺す。例えば同じ業務での男女や正社員と非正規社員との平均賃金の比較や、賞与がどの範囲の人々に支給されているかを企業が明示するように求めれば、「政府方針である同一労働同一賃金に照らして非正規労働者などの賃金が引き上げられる」可能性があるとした。