ロシアのプーチン大統領について個人的には、冷戦時代を思い出させる時代遅れの古い指導者というイメージがつきまとっている。頑迷固陋で一徹、古臭いアドレナリンが彼の脳細胞を支配している。人権とか命の尊厳という言葉は彼の辞書にはないのだろう。政敵は情け容赦なく抹殺するし、「安全保障」と名付けた権力維持機能にがむしゃらにしがみつく。それを可能にしている経済的裏付けは資源大国としての地政学的優位性だ。だが、脱炭素という最先端の潮流がヒタヒタと彼の足元に忍び寄っている。その事実にいまだまったく気付いていない。裸の王様ならぬ時代錯誤のエピゴーネンだ。欧州委員会が8日に発表した脱炭素計画の記事を読んで、こんな思いが頭をよぎった。同計画はロシア産天然ガスの依存度を年内に約6割低下させ、「2030年よりかなり前に」 依存度ゼロを実現するとしている。

ロイターの記事を引用する。「EUは現在、ロシアから年間1550億立方メートルの天然ガス・液化天然ガス(LNG)を輸入。欧州委は、米国やカタールなどの国からの輸入で、今年はこの3分の1以上に当たる600億立方メートルが代替できると試算。30年までにはバイオメタンと水素の利用拡大で、一段の代替の進展が可能とした。また、風力発電と太陽光発電の拡充で今年は200億立方メートルの天然ガス需要が代替できると試算。30年までに発電能力を3倍に高めれば、毎年1700億立方メートルの天然ガス需要が削減できるとした」。これはあくまで机上の試算にすぎない。実行は加盟各国の責任に委ねられている。絵に描いた餅の可能性がないとはいえない。だが、狂気ともいうべきロシアの振る舞いが、人権や命、環境を大事にするEUの人々の気持ちを奮い立たせた。これによって困難視されていた脱炭素への道が開かれるとすれば、プーチンは自分で自分の首をしめたことになる。

2050年にCo2の排出量を実質ゼロとする脱炭素計画は、実現に向けた総合戦略を描いている段階だ。計画通りに脱炭素化が実現するか、現時点では誰も明確に断言することはできない。国によって事情が異なるうえ、それぞれの思惑が複雑に絡み合っている。仮に計画が固まったとしても、実現するための戦術に統一性があるわけではない。COP26の取り決めには罰則もない。総論賛成でも各論でまとまる保証はどこにもない。やってみなければわからない、これが脱炭素の実態である。だが脱炭素の潮流はロシアにとって、NATOの拡大強化より遥かに手強い。非軍事的だが破壊力はNATO軍より上だ。資源大国であるプーチンの権力基盤を根底からひっくり返す可能性がある。それでも計画の実現性を悲観的に見る人が多かった。そんなあやふやな計画にプーチンが魂を吹き込んだ。後世史家はEUの脱炭素計画をひもといて「2022年2月に24日、プーチン破れたり」と記載するだろう。