トキシラズといえば鮭児と並んで日本を代表する高級サケだ。サケの旬は秋。一般的には秋口から食卓を賑わしてくれる。最近は冷凍技術が発達したせいで、年がら年中いつでも食べられる。値段も手頃でマグロと並んで日本人が好む魚の一つだ。トキシラズは秋鮭に先駆けて春から夏が旬。ロシアのアムール川で孵化した稚魚がオホーツク海を南下し、千島列島の脇を通って根室沖まで降ってくる。北の海の荒波に鍛えられ、根室沖に辿り着いた時には食通が絶賛するほど油が乗っている。ネットで調べると、「産卵までにまだ時間がある鮭なので、秋鮭に比べると脂の量がなんと!3倍から4倍」とある。食通ならずとも垂涎の鮭に変身しているというわけだ。そんなトキシラズがいま、“憂色”に包まれている。

北海道で獲れる鮭の国籍はすべからくロシア。このため、トキシラズを獲るためにはまずロシアとの漁業交渉が必要になる。水産庁によると今年の日ロ漁業交渉は11日にはじまった。例によって交渉経過は公開されていない。コロナのせいもあるのだろう。交渉はWeb方式で始まったという。この交渉で今年のサケ・マスの漁獲枠が決まる。ウクライナ戦争が始まって日本はロシアから見れば非友好国。ロシアが今年の交渉でどう出てくるか、交渉の行方は誰も見通せない。先進7カ国と足並みを揃えて日本はロシアに対する経済制裁を強化している。ロシアがこれにイチャモンをつけないわけがない。セルゲイ・ミロノフという国会議員が先ごろ、「ロシアは北海道に権益を持っている」と発言した。いつでも北海道を占有できるという意味だろう。何をやらかすかわからないロシア、食通の間に迫るトキシラズの危機だ。

岸田首相をはじめ政府も外務省もセルゲイ発言を無視している。メディアを通して見る限りなんの反応も示していない。この際「樺太(サハリン)は元々日本の領土だ」と、ロシアを脅してみるのも手かもしれない。トキシラズの経緯を取り上げた昨日のTBS「ひるおび」では、新橋にある根室食堂のオーナーが「日ロ交渉の行方だけではない」と前置きして、以下のような感想を述べていた。「最近の物価高で仕入れコストがハネ上がっている。頼みのトキシラズも入ってくるかどうかわからない」と。コロナの第6次感染が開けてこれからという時期に、今度はウクライナ戦争に伴う仕入コストの上昇だ。第7次感染拡大もちらほらと囁かれはじめている。庶民並びに庶民の溜まり場でもある街の食堂にも、トキシラズの“憂色”が迫りつつある。