[ロンドン 18日 ロイター] – 2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始してから数日後、ロシアのシベリア地方で教師をしているアンドレイ・シェスタコフさん(38)は、メッセージアプリ「ワッツアップ」の歴史教師が集うグループのチャットで、あるファイルを開いた。 

ファイルに収められていたのは、数十ページの文章やプレゼンテーション資料のほか動画へのリンクで、今回の紛争について10代の生徒たちにどう教えるべきか指示する内容だった。誰がチャット上でこのファイルを共有したのかは不明だったが、文書の多くには、モスクワにあるロシア教育省の徽章が付いていた。

資料には「ウクライナで戦っているロシア兵は英雄である」、「ウクライナの支配者は第二次世界大戦当時のナチス協力者と共通の目的を掲げている」、「西側諸国はロシア社会に分断を広げようとしている」、「ロシア国民は団結しなければならない」などと主張する指導要領が含まれてた。

引き締まった体格のシェスタコフさんは、1月に教師になる前は警察官として16年間働いたという。だがここ数年は、ロシアの支配層がその建前である民主主義的な価値観に忠実かどうか、疑問が湧いてきたという。政権批判で有名なアレクセイ・ナワリヌイ氏の影響もあった。

モスクワから東に約6700キロ離れたシベリア東部の炭鉱都市ネリュングリの第2中学校で教えるシェスタコフさんは、自分の生徒たちにはこの内容を教えないことに決めた。

代わりに、この指導要領がどういう内容か、そしてそれが歴史的になぜ間違っているのかを生徒たちに話したと言う。例えば、この資料ではウクライナはソ連共産党の前身であるボルシェビキが建設したと主張しているが、歴史の教科書はウクライナの歴史が何世紀も前にさかのぼることを教えている。

シェスタコフさんはさらに踏み込んだ。3月1日、彼は授業で、ロシア軍への志願は勧められないこと、ウクライナとの戦争には反対で、ロシアの指導者はウクライナのファシズムと戦っていると主張する一方で自らファシズムの兆候を示していることを生徒たちに語った。ロイターは、シェスタコフさんが署名した警察の調書を閲覧し、これらの発言を確認した。

教室での発言に関する3月5日付けの調書によれば、その後数日間、シェスタコフさんは地元警察とロシア連邦保安庁(FSB)に呼び出されて尋問を受けた。これらの発言については起訴されなかったとシェスタコフさんは言う。FSBと現地警察にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

3月18日、裁判所はシェスタコフさんに、ロシア軍の信用を損なったとして3万5000ルーブル(約5万5000円)の罰金を科した。ロイターが閲覧した判決によれば、これはウクライナで捕虜になったロシア兵のインタビュー動画をオンラインに転載したことに対するものだった。

シェスタコフさんはロイターの取材に対し、戦争に公然と反対した以上いずれ解雇されるだろうと考え、先月で教師を辞めたと話した。シェスタコフさんの件と指導要領について、現地の教育当局とロシア教育省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。ロイターが学校に電話で連絡を取ってみたところ、校長代理を名乗る女性が出て、シェスタコフさんの件についてはコメントを控えると言って電話を切った。

これと同一の、あるいは類似の指導要領をロシア全土の教師が受け取っていることが、教員組合の幹部2人や教師2人、そしてこのプログラムを使って授業を行ったと報告している2つの学校によるソーシャルメディア投稿から明らかになっている。主流メディアに対する統制を強化しているロシア国家が、ウクライナでの戦争に関するプロパガンダを教育現場にまで広げて政権への支持率向上を図っていることを示すものだ。

開戦以来、ロシア国内では多くの学校が、生徒たちがウクライナで戦う兵士たちを応援するメッセージを送っている様子や、ロシア国内で戦争支持のシンボルとなっている「Z」を人文字で表現している画像をソーシャルメディアに投稿している。

戦争に反対する教師たちは、反体制活動家や非政府組織の活動家、独立系ジャーナリストと並んで、罰金や訴追、失職の可能性といった形でロシア国家からの圧力を感じる状況に陥りつつある。プーチン大統領は3月初め、ロシア軍に関する「フェイク」情報の拡散を犯罪とし、罰金または最長15年の禁錮刑を科す法案に署名した。

<西側の「ハイブリッド戦争」>

シェスタコフさんが受け取った指導要領には、14-18歳の生徒が対象と書かれている。内容には、教師向けの詳細な授業計画のほか、プーチン大統領の演説動画へのリンク、授業実例の短い動画が含まれている。

この資料によれば、西側諸国はロシア国内世論を指導部に反発させようと情報戦を仕掛けており、全てのロシア国民がこれに断固として抵抗する必要があるという。

ある授業計画は、ロシアは、「伝統的な家族制度」を破壊して西側の価値観をロシアに押しつけようする西側諸国との文化戦争を遂行している、と説明している。

それによれば、旧ソ連の崩壊以来、ウクライナは反ロシア政策を推進してきた。「ロシア語への攻撃が行われ、両国共通の歴史が歪められ、第二次世界大戦における戦争犯罪人や犯罪集団が英雄として祭り上げられた」と文書には書かれている。ここで言われているのは、第二次世界大戦時にドイツと同盟したウクライナの国家主義者たちのことだ。

別の授業計画では、西側諸国がプロパガンダや経済制裁、軍事的圧力をミックスした「ハイブリッド戦争」を展開し、内部対立をあおることでロシアを打倒しようとしている、とされている。そして、「だからこそ、無許可のデモに参加するよう促し、法律を破るようそそのかし、怖じ気づかせようとしている。私たちは挑発に屈してはならない」と書かれている。

学習要綱には、1つの文章が本当か嘘かを生徒たちに15秒で判断させるゲームが含まれている。ある文章は次のようになっている。「抗議行動を組織し、当局を挑発し、大規模集会を開くことは、ハイブリッド紛争を解決するための効果的な方法である」。 指導要領によれば、正解は「嘘」だという。

ロイターでは、ボルガ川に沿いの都市サマーラにある学校と、シベリア南部のミヌシンスクにある学校によるソーシャルメディア投稿に、同じファイルから取られたスライドが使われているのを確認した。

ウラル山脈沿いの都市チェリャビンスクで数学を教えるダニル・プロトニコフさんはロイターに対し、シェスタコフさんが受け取ったものとは異なる教材パッケージではあるが、似たような内容を教えるよう学校側から頼まれたと語った。またモスクワでやはり数学を教えているタチアナ・チェルネンコさんは、別の学校の教師仲間が似たようなプログラムを教えるよう頼まれたと聞いたが、自分の学校では教えていないと話した。

一部の地域や学校では、こうした学習プログラムを他より熱心に推進していると、ロイターが取材した教師たちは話した。5人の教師は、こうしたプログラムを教えるよう教師が明確な指示を受けた例は聞いていないとした。学校や地域教育当局による「要請」や「推奨」という形になるのが普通だと言う。

独立系の教員労働組合のダニイル・ケン委員長は、そうした要請を断って何事もなく済んだ教師もいると話す。また、指導要領には従わなかったが、上司にはそのとおり教えたと報告した教師もいる。同氏によれば、拒否することにはリスクが伴う。校長が辞任を求めてこないとは限らないからだ。

同氏によると、同労組には週に6人ほどの教師がプーチン政権の路線を推進したくないので辞めると連絡してくる。これについてロイターでは独自の裏付けを得ることができなかった。

<政治的覚醒>

シェスタコフさんは髪を短く刈り込み、ソ連陸軍で開発された武術サンボをやっている。警察で働いていた間、1年間の内務省特殊部隊での勤務があったという。法執行機関の1つだが、その職員らは現在ウクライナでの戦闘に参加している。内務省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

シェスタコフさんは、青少年犯罪に取り組んでいた地域警察官だった2018年までには政治的に目覚め、ナワリヌイ氏が発表する動画を見るようになったという。プーチン政権幹部らの腐敗を告発し、現在はロシア国内で収監されている反体制派の人物だ。

「私はまさしく反体制派の人間になった」と、シェスタコフさんは言う。

ウクライナでの戦争が始まったとき、犠牲者の写真を見て心をかき乱され、ソーシャルメディア上で何時間も戦闘の動画を観たという。

シェスタコフさんとロイターが閲覧した3月18日付けの裁判所の判決によれば、彼は約5200人の登録者がいる地方メディアサイトのコメント欄に、ウクライナで捕虜になったロシア兵のインタビュー動画を仮名で転載したという。

裁判所は、シェスタコフさんの行為は、ロシア軍の信用を損なうことを禁じた法律に違反していると判断した。

シェスタコフさんは、証拠はないものの、ここ数週間にわたり電話をFSBに盗聴されていると疑っている。また、FSBの覆面捜査官だと分かる複数の人物をここ数日で3回見かけたと話した。シェスタコフさんを監視しているかどうかFSBにコメントを求めたが、回答はなかった。

シェスタコフさんは現在、当局からさらに処罰を受けることを懸念して、ロシアを離れることを計画しているという。プーチン政権が2018年に取り締まりを強化して以来、数万人の反体制派がロシアを逃れたが、シェスタコフさんもそれに加わることになる。当局が出国を禁止しない限り、トルコに行くつもりだ。

国内に留まり、戦争反対の声を我慢することは考えられない、とシェスタコフさん。「口を閉ざしたままでいることは難しいだろうから」

(翻訳:エァクレーレン)