監訳・沼野恭子(東京外国語大学教授) 訳・根本晃

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ミハイル・シーシキンさん|作家(寄稿)

 現代ロシア文学を代表する人気作家ミハイル・シーシキン氏(61)が、長期化するロシアのウクライナ侵攻を受け、朝日新聞にエッセーを寄稿した。

 ロシア人の父とウクライナ人の母の間に生まれたシーシキン氏は、侵攻に最も心を痛めている一人。プーチン政権には一貫して批判的だ。

 罪なき命を奪いながら侵攻を続けるロシアはどこへ向かうのか。未来のために何が求められるのか。寄稿は、その解への手がかりを示している。

ミハイル・シーシキン

 1961年、モスクワ生まれ。93年作家デビュー。95年からスイス在住。ロシア・ブッカー賞などロシアの主要な文学賞を全て受賞した現代ロシアを代表する作家。著書は35カ国語以上に翻訳されている。邦訳に長編「手紙」(2012年)、短編「バックベルトの付いたコート」(「ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選」=21年=収録)。

 このごろは、ロシア人であるということに苦痛を覚える。今や全世界にとってロシア語と言えば、ウクライナの街を爆撃し、子どもを殺害する者の言語、戦争犯罪人の言語、殺人者の言語と同等と見なされてしまう。この「特別軍事作戦」の目的はロシア人やロシアの文化、ロシア語を、ウクライナのファシストたちから救うためだという。だが実際には、この戦争はウクライナのみならず、ロシア人やロシアの文化、私の母語に対する犯罪なのだ。

 この戦争が始まったのは今ではない。2014年だ。西側諸国はこのことを理解しようとしなかったし、恐ろしいことは何も起きていないかのように振る舞っていた。この数年間、私は自分の発言や出版物を通して、プーチンがどのような人物なのか、西側の人々に説明しようとしてきた。だが、それはうまくいかなかった。そしてとうとう、プーチンが自ら身をもって全てを説明したのだ。

 プーチンのプロパガンダはウクライナ人とロシア人の間に憎しみの種をまいた。私の父はロシア人で、母はウクライナ人だ。残酷な言い方だが、私は2人が既に亡くなっていることを、うれしく思う。このとてつもない惨劇を経験せずにすんだのだから。この戦争は、ウクライナ人とロシア人の間で起こっているのではない。ウクライナ語話者とロシア語話者の「人間」たちと、ウソの言語を話し犯罪的な命令を実行している「人でなし」たちとの間の戦争である。ロシアの街頭で抗議する「人間」たちと、その人たちを弾圧し投獄する「人でなし」たちとの間の戦争なのである。

ウクライナ人が守る「自由と尊厳」

 私の父は、ドイツ人に殺され…