コラムニスト:リーディー・ガロウド、Daniel Moss

日本銀行の黒田東彦総裁 Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

日本銀行の黒田東彦総裁の2022年を振り返ると、長期金利の変動幅拡大を決めた先の金融政策決定会合の前でも皆を仰天させてきた。

  円が1ドル=150円近辺で推移していたころ、ある野党議員は国会で、円安による物価高が国民生活を苦しめていると黒田総裁を追及。「日本人として、武士の魂があるなら普通は潔く辞める」と主張した。

  数十年ぶりの円安水準を付けた責任は日銀の金融政策にあるとの見方は多かった。だが、黒田総裁は辞任を否定。黒田氏は今年、家計の値上げ許容度が高まっているとの発言でも国内で反発を招いていた。

  インフレに拍車を掛けたと受け止められたためか、今年注目を集めた人を描く年末恒例の「変わり羽子板」に、9月に死去したエリザベス英女王や米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手、映画「トップガン マーヴェリック」が大ヒットした米俳優トム・クルーズさんと並んで黒田総裁も入った。変わり羽子板の歴史で日銀総裁が描かれたのは初めてだった。

IMFも一言

  黒田氏は今年最後となった政策決定会合で、各方面からいら立ちを招いたようにも見受けられる。国際通貨基金(IMF)も「金融政策の枠組みを調整する条件に関して、より明確な意思疎通」を呼び掛けた。異例の言及であり、丁寧ではあるが紛れもない批判だった。

  黒田氏は熱心な読書家として知られており、日銀総裁に就任した13年出版のベストセラーで、古賀史健、岸見一郎両氏の著書「嫌われる勇気」のファンなのかもしれない。確かに、黒田総裁には多数派に従うことを気にすることはほとんどない様子だ。

  今年は米国やカナダ、欧州の中央銀行が軒並み利上げを急ぐ中、黒田氏は大規模な金融緩和を修正するタイミングとして適切ではないと主張してきた。今回一歩進んだわけだが、これが金融緩和の大がかりな見直しの第一歩になるとする見方も若干うのみにしにくい。

  われわれが4月に指摘したように、現在のような輸入型のコストプッシュインフレであっても日本のデフレマインドを是正する上では役立つことを示しつつある。インフレが加速する一方、賃金の伸びがまだ追い付いていないというタイミングで、大規模な正常化に踏み切れば、2%の物価安定目標を放棄するに等しくなる。

  黒田氏の後任総裁は岸田文雄政権とこの目標を微調整、またはこれに代わる新たな共同声明(アコード)を取りまとめるかもしれない。だが、日銀が過度なインフレを突如懸念するとの見方は的外れだ。

  黒田総裁は現在の物価高が「一時的」で、物価上昇は今後緩やかになると引き続き強調。政府と日銀は春闘後も、賃金と物価のスパイラル的な上昇につながることはなく、賃金の伸びが物価上昇率を上回る公算も小さいとの認識で一致する。

黒田総裁の評価

  評判は変動し得る。有名人だから成功が保証されるというわけでもない。ロシアのデフォルト(債務不履行)につながった1990年代後半のアジア通貨危機がようやく後退した時、米タイム誌は当時のグリーンスパン連邦準備制度理事会(FRB)議長とルービン財務長官、サマーズ財務副長官の3人を「世界救済委員会」と呼んで特集した。

  09年には同じタイム誌が金融システムを救ったとして当時のバーナンキFRB議長を今年の人に選んだ。グリーンスパン氏は「メルトダウンに至っていたら、ヘッドラインは逆に『世界破滅委員会』になっていただろう」と認識していたと、ボブ・ウッドワード氏の2000年の著書「Maestro: Greenspan’s Fed and the American Boom」で振り返っている。

  黒田総裁はどのように記憶されるだろうか。足元の憤りは強く、日銀の降参に賭ける向きはさらにその姿勢を強めるだろう。だが、日本の外ではインフレ率が徐々に鈍り始めつつあるほか、当局も引き締め効果が表れるまでの時間差について語ることが多くなり、世界経済にも停滞感が漂う。このため、黒田総裁による今回のサプライズ前でもドル高は一服し、円相場は反転していた。

  もう一つある。日本当局による為替介入だ。「無益」だとか「お金の無駄」だとか言われたが、円安に歯止めを掛けることに成功したように見受けられる。介入のタイミングが良く、外貨準備のごく一部を使うにとどまっただけでなく、通常は為替市場で国家が積極的に動き過ぎることに眉をひそめる米国からの反発も招かなかった。

  これは嫌われる勇気というよりも、日本政府による水面下の外交スキルや、米国との緊密な安全保障上の関係によるところが大きいのかもしれない。新年が近づき、日本の当局にとっては雑誌の表紙を飾れなくても満足だということを心にとどめておくべきだろう。

(リーディー・ガロウド、ダニエル・モス両氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Kuroda Showed the Courage to Be Disliked in 2022: Reidy & Moss(抜粋)