黒田日銀総裁も参考にしていると言われる渡辺努東大教授。その著書「世界インフレの謎」を読了した。帯には「日銀O B・物価理論のトップランナーが初歩から核心まで明快に説く!」とある。ディスインフレ傾向を強めていた世界の物価が、どうして急に上昇に転じたのか。その謎を追った一冊。読了後腑に落ちた。物価急騰の原因はプーチンによるウクライナ侵攻と、これに伴う西側諸国の経済制裁が原因と個人的には思っていた。だが教授によると真の原因はウクライナではないという。コロナウィルスのパンデミックにともなう行動変容が、供給システムに大変動をもたらしたことが主因だと説く。そこにウクライナ戦争が重なって世界的な物価の急騰をもたらしたというのだ。この衝撃波は輸入物価の急騰という形で日本にも及んでいる。「失われた30年」によって物価と賃金のスパイラルが‘停止している日本だが、ひょっとすると輸入物価の急騰が、デフレ体質脱却の一里塚になるかもしれない。そんな気がした。
F R Bのパウエル議長、E C Bのラガルド総裁、イエレン米財務長官など世界の錚々たるトップリーダーが、2021年に物価が上昇し始めた当初「これは一時的現象」と高をくくっていた。渡辺教授自身もそうだったと自戒しているが、パンデミックは当初、総需要を抑制するデフレ要因と解釈されていたのだ。ロックダウンをはじめ巣篭もりが徹底された初期には確かに需要が減少し、飲食店をはじめ消費関連企業の閉鎖や倒産が相次いだ。だから世界中で消費が激減すると見られていた。ところが実態は違ったと教授は分析する。消費者はモノを消費すると同時に、生産に携わる労働者でもある。労働者である消費者が巣篭もりに徹した結果、供給体制に異変が生じたのである。供給不足にサプライチェーンの目詰まりが重なった。需給関係は完全に供給不足に陥る。生産過剰で長期低迷を余儀なくされていた世界経済があっという間に需要超過に転換。これにプーチンの戦争が重なって物価が急騰に転じた。
物価が上がれば賃金が上がる。これが主要先進国の常態。ところがバブル崩壊を契機に日本はデフレに転落していく。物価が上がらないのだから賃金を上げる必要はない。物価も賃金も上がらない中で企業は、生産するモノの値段を上げる必要もない。輸入物価の上昇は安全通貨の円が上昇して吸収する。かくして日本は賃金が上がらない特殊な国として世界から放置されてきたのである。著書では触れられていないが、賃金が上がらないうえ、少子高齢化で社会保障費が上昇する。これを賄うために消費税が導入され、国民負担は急増する。賃金は上がらないどころか目減りし続けた。この構造の転換を目指したのがアベノミクス。異次元緩和に構造改革を託したのだが、結果はならず。パンデミックで元の木阿弥か。ここに楔を打ち込むように登場したのが行動変容に起因する輸入物価の上昇だ。渡辺教授はこれをチャンスと見る。キーパーソンは政府でも日銀でもない。企業経営者と労働組合だ。持続的な賃上げで物価と賃金のスパイラルが復活する。
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