門間一夫 みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト

[東京 6日] – 今年1月下旬に実施されたアンケート調査によると、「日銀総裁の交代から半年程度のうちに金融政策の変更がある」と予想する市場関係者が多い。具体的には、イールドカーブ・コントロール(YCC)における10年物国債金利の目標(現在はゼロ%程度上下0.5%)の撤廃、変動幅の拡大、目標年限の短期化などが予想されている。 今年1月下旬に実施されたアンケート調査によると、「日銀総裁の交代から半年程度のうちに金融政策の変更がある」と予想する市場関係者が多い。具体的には、YCCにおける10年物国債金利の目標の撤廃、変動幅の拡大、目標年限の短期化などが予想されている。門間一夫氏のコラム。写真は2014年1月、都内で撮影(2023年 ロイター/Yuya Shino)

<市場に広がる緩和修正の見方>

こうした予想には、もっともな面がある。第1に、消費者物価(CPI)の前年比が4%台と41年ぶりの高さになっている。2%物価目標をはるかに上回っており、一時的な要因がなくなったとしても、中長期的に2%程度に落ち着く可能性を否定はできなくなりつつある。

第2に「そのような物価情勢と長期金利0.5%は整合的でない」との見方が市場では強まっている。その結果、長期金利には上昇圧力がかかっており、それを日銀が大量の国債買い入れで無理に抑えるため、国債市場の機能が損なわれている。「この状態は持続可能ではなく日銀はいずれ動かざるをえない」との見方が多い。

筆者も一時期、遠くない将来にYCCは撤廃されると考えたことがあった。当コラムに昨年12月に寄稿した際もその可能性に触れた。YCCは中央銀行の情報発信を難しくするので、YCCは撤廃したうえで緩和を続ける形の方が、いざ「出口」の際に市場との対話が円滑になるからである。しかし、1月17─18日の金融政策決定会合の結果は、日銀によるYCC堅持の強い意思を示すものであった。

<軽視できない1月会合のメッセージ>

もし、日銀がYCCの撤廃ないしそれに近い変更を考えているなら、1月会合はそれに踏み切る良いタイミングであった。

1回前の12月会合では、国債市場の機能低下を理由に、長期金利の許容幅を上下0.25%から上下0.5%に拡大した。その後、国債市場の機能はさらに悪化していたのだから、1月会合での追加の政策修正にはロジック上の無理がなく「金融緩和の後退ではない」と説明することもできたはずである。

しかし、日銀が出した答えは逆であった。YCCを修正しないばかりか、共通担保資金供給オペ(共担オペ)を中長期資金の供給にも使えるようにして、YCCの防衛姿勢をむしろ鮮明にした。新型の共担オペは金融機関への低利かつ中長期の資金供給であるから、事実上の「緩和強化」と言ってもよい。

この措置は「これ以上の長期金利の上昇は許さない、そのためには市場機能が低下したままでもやむをえない」という日銀の強いメッセージとみるべきだろう。日銀がそう考えることにも十分な理由があるからである。

第1に、景気の先行きは海外要因を中心になお不透明感が強い。いくら「金融緩和の後退」ではなくても結果として長期金利が上昇する措置について、今がそのタイミングではないという判断には一理ある。

第2に、さらなる「事実上の利上げ」に対する世論の反応を想像すると、日銀はしばらく「李下に冠を正さず」に徹した方が無難であるとは言える。

1月の政府月例経済報告では、景気の基調判断がやや下方修正されている。その環境の下で政府は賃上げキャンペーンに躍起になっている。今後、景気の勢いや賃金上昇が十分に強まらなかった場合、仮にその前に日銀が政策修正していれば「利上げが賃上げムードに水を差した」との批判は避けられないであろう。

第3に、12月に長期金利の上限を少し引き上げたこともあり、昨年秋までの「日銀は頑固すぎる」という批判は、今ではすっかり影を潜めている。この観点からは日銀はしばらく動く必要がない。

第4に、最も重要な点として、2%物価目標は依然として達成されない可能性の方が大きい。日銀の展望リポートでも、少なくとも2024年度までには目標が達成されない見通しとなっている。

<新総裁の下でも変わらない客観情勢>

1月会合の日銀の緩和姿勢については、黒田東彦総裁の個人的なスタンスとの見方が市場には根強い。また、次の3月会合は、期末を控えているので日銀はどのみち動きにくいとされている。だからこそ「総裁も代わり年度も代われば日銀は比較的早めに動く」という予想が多いのだと思われる。

しかし、緩和姿勢維持の根拠として先ほど述べた4点は、黒田総裁に属人的なものではなく、日銀をとりまく客観情勢である。これらの客観情勢は総裁交代後も急には変わりそうもない。

確かに、市場機能にどの程度配慮するかは価値観の問題でもあり、そこに黒田体制と新体制で若干の違いはあるかもしれない。だが、新体制だからこそ余計に動きにくくなると考えられる要素もある。

それは最初の方で述べた点、すなわち2%物価目標の達成の可能性が、異次元緩和10年の果てにようやく出てきたことと関係している。出てきたとは言え可能性は高くはない。この何とも微妙な確率は日銀の新体制にとって厄介である。

<許されない引き締め方向の政策ミス>

チャンスが全くないならともかく、チャンスが少しでもあるのなら、引き締め方向の政策ミスは絶対に許されない。本当は多少金利が上がっても2%物価目標の達成確率にほとんど影響しないが、世の中からの見え方は別である。「黒田総裁が10年かけて手繰り寄せた千載一遇のチャンスを、次の総裁があっさりつぶしてしまった」と言われるリスクを、4月以降の日銀は意識するのではないか。

経済の先行きも決して楽観できない。コロナ禍が日本経済に与える影響は薄まりつつあり、今年はインバウンドの本格回復も期待できる。企業の設備投資意欲も比較的強く、景気は概ね順調に回復を続けるというのが基本シナリオである。

しかし、米欧ではインフレ率がなお高く、とりわけ米国では、労働市場のひっ迫からインフレ率が高止まりする可能性が懸念されている。米連邦準備理事会(FRB)による金融引き締めの影響は、これから本格的に出て来ると考えられるし、出て来ないなら出て来ないで、さらなる強力な利上げが必要になる。いずれにしても米国が景気後退に陥るリスクは大きい。

国内経済も堅調とは言え、岸田文雄政権は目先の景気回復だけでなく、持続的な賃金上昇が起きる経済への構造転換を目指している。今年の賃上げはその第一歩に過ぎず、来年のさらなる賃上げが展望できる経済環境を作っていきたいはずだ。日銀もそれを全力で支え続けることが期待される。

こうした内外情勢を踏まえると、日銀の緩和継続姿勢は、総裁が誰であるかによって違ったものになるとは考えにくい。急速な円安の再燃などによって金融緩和への批判が再び強まらない限り、しばらく現状維持しか選択肢はないのではないか。

その場合、国債市場の機能が損なわれた状態は長引く可能性がある。しかし、そもそもこの問題の根っこは、市場が「日銀の利上げ近し」との予想を強めていることにある。今は黒田総裁と市場との対話が成立していないため、日銀がいくら緩和の継続を強調しても市場にその本気度が伝わらない。

そう考えると、新総裁最初の4月の金融政策決定会合は、緩和継続の意思を内外の市場にどの程度説得的に語れるかが最大の焦点である。とりわけ外国人投資家に響くコミュニケーションができるかどうかが大きい。

新体制の「ニューメッセージ」が説得性を持ち、市場の利上げ予想が大きく後退すれば、国債市場の機能の問題は和らぐはずである。逆に新総裁のメッセージも届かないままなら、確かに日銀は市場の圧力に押されてYCCの撤廃などに動かざるをえなくなるかもしれない。

冒頭のアンケート調査は、後者のシナリオに賭けている人が多いということを意味するのだろうか。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。