植田日銀総裁の異次元緩和継続路線が既定路線化しはじめているなかで、プリンストン大学の清滝信宏教授がこれに真正面から“待った”をかけた。衝撃の発言が飛び出したのは5月15日に実施された経済財政諮問会議。同教授は「インフレ率が1ー2%程度に定着すれば、量的・質的緩和は解除すべきだ」と主張したのだ。4月に黒田総裁の後を受けて日銀総裁に就任した植田新総裁は、「異次元緩和を継続してインフレが上昇するリスクよりは、早期解除によるデフレ逆戻りリスクの方が大きい」との趣旨の主張を繰り返し、黒田路線の継承を世間に認めさせようとしている。これを批判する政治家や経済・金融学者、評論家、マスメディはいまのところ国内のどこにも見当たらない。そんな中での“勇気ある”発言だ。当日の諮問会議には岸田総理、植田日銀総裁も出席している。早期解除論のロジックは日本経済の閉塞感を見事に抉り出している。まさに“目から鱗”の解除論だ。

清滝教授の主張を取り上げたのは第一生命経済研究所の主席エコノミストである熊野英生氏。ロターが23日に配信した「コラム:ノーベル賞に近い清滝氏の挑戦的発言、緩和長期化と低生産性を読み解く」が詳しい。ポイントはデフレ脱却を目指した異次元緩和による低金利の長期継続が、日本経済の“脆弱化”を招く要因となっているという主張だ。岸田内閣は日本経済の再生に向けて「投資の拡大」を大テーマに掲げている。そこに問題があるわけではないが、清滝氏は「1%以下の金利でなければ採算が取れないような投資をいくらしても、経済は成長しない」と喝破する。なるほど、そういうことか。個人的には従来から黒田異次元緩和を批判してきた。明確なロジックがあったわけではない。「ゼロ金利はゾンビ企業を助けるだけ」、「金利を上げれば経済は成長する」。ど素人の悲しさ、批判の論拠は“ドタカン”でしかなかった。

熊野氏によると清滝教授の専門は「不動産価格の変動が金融機関の行動を通じて、生産性に影響を与える研究」だという。10年続いた異次元緩和の結果、東京都内のマンションの平均価格は1億円を超えた。これを異常とみるか正常と見るか、人それぞれだろう。清滝教授は「低金利の歪みが実体経済にも影響している」とみる。要するにバブル化だ。同氏は日本経済再生の鍵は、生産性の向上と潜在成長力の嵩上げだと指摘する。1%を下回るコストでいくら投資しても生産性はあがらない。低コストの投資は低収益で回収できる。それが長期化すれば日本は再びデフレのどん底に転落する。異次元緩和が長期化する中で日本の賃金も物価も安くなった。「安い日本」への転落である。政府も官僚も学者も低金利でデフレ脱却ができると思い込んでいる。そうじゃない。逆なのだ。金利を上げれば日本経済は良くなる。これが正当なロジックだ。清滝氏が来年ノーベル経済学賞を受賞して、日本経済復活の道が開かれることを期待しよう。