[プール(英イングランド) 21日 ロイター] – 米国の「インフレ抑制法」にひっそりと盛り込まれた条項が契機となり、北米企業が電気自動車(EV)用バッテリーのリサイクルに奔走している。北米は、この分野で中国の牙城を切り崩そうとする国際競争の先頭に立った。 

インフレ抑制法には、米国内でリサイクルされたEV用バッテリー材料について、原産地にかかわらず自動的に米国製として補助金の対象とする条項が含まれている。

つまり米国でリサイクルされたバッテリー材料を使用する自動車メーカーは、EV生産補助金の対象となる。

ロイターは、10人以上の業界関係者や専門家に取材。この条項が米国で工場建設ブームを引き起こし、自動車メーカーにリサイクル可能なバッテリーの研究を促し、ひいては発展途上国への中古EV流出を阻む可能性が浮かび上がった。

調査会社EMRによると、世界のEVバッテリーのリサイクル市場は2022年の110億ドルから28年には180億ドルに成長すると見込まれ、現在はそのほぼ全てを中国が担っている。

導入されるEVが増え、車齢が古くなればなるほど、このビジネスは拡大するだろう。

BMWのサステナビリティ責任者、トーマス・ベッカー氏はロイターの取材に対し、これらのバッテリーに含まれる鉱物、主にリチウム、コバルト、ニッケルは、自動車1台あたり平均1000ユーロ(1123ドル)から2000ユーロの価値があると語った。

EVの生産が増えるのに伴い、これらの鉱物は数年以内に不足する可能性があるが「無限にリサイクルすることができ、パワーが失われることもない」と、カナダのバッテリーリサイクル会社Li-Cycleのバイスプレジデント、ルイ・ディアス氏は指摘する。

同社は今年後半に開業予定のニューヨーク工場向けに米政府から3億7500万ドルの融資を受けた。ディアス氏は、この融資のおかげで工場建設のための投資決定を前倒しすることができたと言う。

レッドウッド・マテリアルズ社は今年2月、ネバダ州にバッテリー材料のリサイクル・再製造施設を建設するため、米政府から20億ドルの融資を獲得した。

同社のJB・ストラウベル最高経営責任者(CEO)によると、インフレ抑制法ではリサイクルしたバッテリー材料を、鉱山から採掘したものではなく地元で調達した資源と位置付けている。

この条項に後押しされる形で、米企業は欧州連合(EU)企業よりも迅速にリサイクルに取り組んでいる。EUの規則は米国と異なり、EVバッテリーに含まれるリサイクルされた資源の量に最低限の基準を設けるなど、企業の義務に重点を置く内容だ。

リサイクル企業のアセンド・エレメンツ、Li-Cycleなどは、数年中に欧州でも工場建設を予定している。しかし、米国の方が融資を獲得しやすく、補助金も出るため、米国では既に複数の工場を建設中だ。

アセンド・エレメンツのマイク・オクロンリーCEOは「インフレ抑制法により、電池材料の需要を導き出す方程式が変わった」と語る。

アルティリウム・メタルズのクリスチャン・マーストン最高技術責任者(CTO)は「だれもが自社でサプライチェーン(供給網)を管理したい。中国に頼りたい者はいない」と話した。

ただ、中国は依然として競争をリードしている。先月はリサイクル業者に対するより厳しい基準と研究支援の強化を発表した。昨年成立した米インフレ抑制法について、中国高官らは「反グローバリズム」と評し「一方的ないじめ」だと非難している。

<急成長>

ピッチブック・ドット・コムのデータによると、世界にはEVリサイクルに関わる企業が少なくとも80社ある。

このうち50社以上は新興企業で、自動車メーカー、バッテリーメーカー、鉱山大手グレンコアなどの企業から少なくとも計27億ドルの投資を集めている。

リサイクル可能なEV用バッテリーは2030年までに10倍以上に増加する、とコンサルタント会社サーキュラー・エナジー・ストレージは予測。2022年に寿命を迎えたバッテリーは約11.3ギガワット時(GWh)だが、30年には138GWhと、EV約150万台分相当に増加する見通しだという。

EVバッテリーの寿命は、10年かそれ以上だ。

一部の業界関係者は、2040年までにはEVの新車に使用されるバッテリー材料の40%がリサイクル資源になると予想している。

現在、欧米にEV用バッテリーのリサイクル設備はほとんど存在しない。欧州ではEV用バッテリーは細断されて「黒い塊」となり、リサイクル用に中国に出荷されている。

<リサイクル率>

その黒い塊から最高の価格を引き出そうとする競争が始まっている。

英ケンブリッジを拠点とする新興企業バッテリー・リサイクリング・カンパニーのブルーノ・トンプソンCEOは「最も低いコストで最も高いリサイクル率を達成できた者が、このゲームに勝つだろう」と語る。

欧州連合(EU)は8年以内に、EV用バッテリーに一定の割合のリサイクルされたリチウム、コバルト、ニッケルの使用を義務付ける基準を設ける予定。このため、域内における高いリサイクル率の達成が重要になってくる。EUは欧州外でのリサイクルにも厳しい条件を課す予定だ。

ベルギーの資源会社ユミコアのクルト・ファンデプッテ上級バイスプレジデントは、こうした規定により、リサイクルは事実上、地元で完結することになると予想する。

リサイクル用の中古EVの確保も、業界の懸案事項だ。現在、欧州では化石燃料で動く中古車の30%が海外に流出している。

日産自動車はバッテリーを管理下に置くため、日本でEVのリースに乗り出した。

一方、中国のEVメーカー、蔚来汽車(NIO)は顧客にバッテリーをリースしている。

欧州がバッテリーに含まれる鉱物を地元にとどめようとすれば、途上国で安い中古車が買いにくくなる事態も予想される。

(Nick Carey記者、Paul Lienert記者、Victoria Waldersee記者)